第14話 ただの同中③
「本庄……『迷惑』には『好き』って意味もある、て辞書に書いてあったりはしないだろうか」
「そんな辞書があったら捨てたほうがいいよ」
全く……と言いたげに、本庄は重々しくため息吐いた。
一年の教室が並ぶ廊下の奥。そこから外階段に繋がる扉があって、俺は本庄に促されるまま、その扉を出て、一番上の段差に本庄と並んで座った。
一年の教室は四階にある。東校舎の最上階。空を振り仰げば視界を阻むものは何もない。晴れ渡る青空が見渡す限りに広がり、清々しい春の日差しが燦々と降り注いでくる。――それが、今はやたらと虚しく感じた。
「本庄……」と空を見上げながら、俺は再び、訊ねる。「高校生になって、まりんがツンデレキャラに転向した、という可能性は……」
「全然、デレてなかったでしょ」
呆れたように言いながらも、決して、突き放すようなそれではなく。本庄の声色は、実に憐れみに満ちていた。
あ。泣きそう……。
「あのな、国矢」しばらく逡巡するような間があってから、本庄は言いづらそうに切り出した。「『あの国矢』が通用するのは、俺ら同中だけだからな」
また、出た。『あの国矢』。
「なんなんだ、それは?」と俺は眉を顰めて、本庄に振り返る。「『あの国矢』って、どういう意味だ?」
「俺らの中学ってさ、ほぼ全員同じ小学校から上がってきたじゃん? だからさ、俺らは皆、国矢と高良さんのことを小学生の時から見てきたわけ。国矢の奇行も散々見てきてるし、国矢が高良さんの名前を叫んで廊下を走って行く姿なんて、俺らにとっては日常の風景だった。たとえ、国矢がいきなり高良さんのクラスに突っ込んでいっても、同中の奴なら誰も驚かない。ああ、今日も国矢は元気だな――と、それくらいだよ」
「そんなん……だったか?」
「自覚なし?」はは、と本庄は困ったように笑い、「『まりんも歩けば、白馬に当たる』、『まりんを邪魔する奴は白馬に蹴られて死んじまえ』、『触らぬまりんに白馬なし』……とか、いろいろと格言も生まれてさ。さながら大喜利大会だったんだけど。そういうのも知らなかった?」
「そんなこと……」
知らなかった――と、言いかけてハッとする。
いや……そういえば、聞いたことがある。『まりんも歩けば、白馬に当たる』って学校で言われているんだ、て。卒業式のあと。幼馴染をクビになったとき、まりんに言われた。
「さっきのこともさ、中学だったら、『いつもの国矢だ』で済んでいたと思うよ。『高良さんにちょっかい出すからだ』って笑い話で終わってた。でも……」
そこでふいに言葉を切って、本庄は険しい顔つきになった。横目に射るような眼差しを俺に向けてきて、今度は脅すような低い声で続ける。
「
人は見た目じゃない、て言うけど、それはある程度の関係性を築いてからの話。人の内側なんて、知ろう、としない限り見えてこない。初対面なんて、
「ああ……」
言われてみたら、そう……かもしれない。
なんとなく、本庄が言わんとしていることが分かってきた。
まりんもよく、俺のことを『鬼みたい』だと言っていた。まりんの傍で立っているだけで、禍々しいオーラを放ち、周りをビビらせている、と。
思い返せば、確かに、さっきの六組の雰囲気は変な感じになっていた気がする。俺が教室に飛び込むや、水を打ったように静まり返り、六組のイケメンと言い合いを始めると、教室は一気にざわめき出し、異様な空気に包まれて……。
ああ、そうだ――。
確かに、違う。
中学のときだったら、俺がまりんの教室に飛び込んでいっても、皆、平然としていた。まりんに絡んでいる奴がいても、俺の姿を見るや、『すんません!』と一目散に逃げた。
そして、まりんは――もう、ハクちゃんったら! と頰を膨らまして、ぷんぷんと怒った。愛らしく、親しみたっぷりに……。
今までみたいにいかない、という本庄の言葉がずんと重みを持って胸の奥に沈んでいくようだった。
「なるほど。これが……」と俺は膝の間で組んだ両手に視線を落とす。「高校デビューというやつか」
「いや、それはちょっと違う……気がする」
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