第8話 幼馴染の姿
「そういえば、クラス分けはもう確認した?」
相変わらず、俺の腕を引きながら、彼女はふいに訊いてきた。
「いえ……」と答えつつ、ついつい、周りに注意がいく。
視線がぴたりと張り付くようについてきて……まるで、何十台もの自動追尾のカメラに囲まれている気分だ。そして、どよめきまでもが波のように追ってくる。わいわいきゃっきゃと無邪気に沸く声の中、「誰、あの女の子?」「綺麗な人〜」という(おそらく俺と同じく新入生なのだろう)驚嘆の声や、「一緒にいる奴、誰だ?」「ボディガードか?」などと敵意さえ感じられる訝しげな声も聞こえてくる。
お……落ち着かん。
もし――もし、これがまりんだったなら。こんなよく分からん衆人環視の中に晒しておくものか、と今すぐにでも抱きかかえるなり、おぶるなりして、人目のつかないところに連れて行くところだが……。
彼女はまりんではない。
ちらりと再び、その背に目を戻す。
こんな注目の中にあっても、ぴんと背筋を伸ばして歩くその後ろ姿は凛々しく、逞しい感じすらする。歩けば、舞い散る小花が目に見えるような――そんな可憐なまりんのそれとは違い、彼女の後ろ姿は堂々とした感じがあって、気高く咲く一輪の花のようで……まりんよりも、少し、寂しい感じもした。
「――ね!?」
「は……!?」
突然、振り返った彼女に同意を求められ、全く話を聞いていなかった俺は、ハッと我に返って足を止めた。
「すま……すまん、せん! な……なんスか!?」
「すまんせん?」
彼女も足を止めると、クスリと笑った。
「なにそれ。ハクマくん、敬語下手なんだ」
「あ……いや、下手というか……」
「私も苦手だな。難しいよね。『お』をつければ、なんでも丁寧になるのかと思ってたら、そういうわけでもないんだよね? 『会議を開く』って敬語にしようと思って、『会議をお開きにします』って言ったら、皆に笑われちゃった」
「ああ……そういえば……」
確かに。『お』をつけただけで、逆の意味になるな――って、なんだ、この会話は!?
「タメ口でいいよ。私もそのほうがいい」
じっと俺を見上げ、彼女はしみじみとそう言った。
そう言われても、三年生にタメ口というのは……と躊躇いつつも、幼馴染ならば敬語は変だな、とも思う。俺は全く覚えていないといっても、彼女はそうじゃないんだ。幼馴染だと思っている相手に、まるで他人みたいに敬語使われたら、寂しいよな。俺だって、まりんに敬語を使われようものなら、しばらく寝込む。
「わ……分かった」
強張った声で、しかし、決意を持ってそう言うと、彼女はホッとしたように笑って「約束ね」と声を弾ませて言った。
不思議だった。
まりんよりずっと背が高く、二歳年上で大人っぽい彼女。でも――そうやって笑う姿は、一気に子供っぽく変わる。まりん以上に……。
「さて……と」ため息交じりに言って、彼女は俺の腕から手を離すとポケットからスマホを取り出した。「そろそろ時間切れみたい」
「時間切れ?」
「さっきから実は、震えっぱなし。私のこと探してるんだろうな。もう行かないと、ノブに怒られる」
「ノ……ノブ……?」
「クラス分け、一緒に見てあげたかったけど。ごめんね」
さらりと髪を耳にかけながら、申し訳なさそうに見上げてくる彼女。なにか……ぐっと胸に迫るものがあって、「いや、大丈夫だ!」と咄嗟にそんな言葉が飛び出していた。
「じゃ、またね。ハクマくん」
軽く手を振り、「放課後、迎えに行くから」と彼女はふわりと身を翻す。
俺に背を向けるなり、スマホを耳にかざして「ごめん、遅くなった――」と誰かと(おそらく、ノブという人だろうが)何やら真剣な口調で話し始めた彼女。昇降口へと向かうその背中を、俺は呆然と見送った。
またな、て返したくても、できなかった。またな――のあとに続けるべき名前さえ、俺は思い出せていなくて。
重い溜息が漏れる。
――やっぱり……いくら記憶の中を辿ろうと、彼女の姿は見当たらない。思い出そうとすれば、浮かんでくるのはまりんの姿ばかりだった。
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