第7話 何者なんだ?

「ハクマくん、一年生? それとも編入してきたの?」


 俺の腕を引き、校庭へと向かいながら、彼女はいきなりそんなことを訊いて来た。

 妙なことを聞く……。

 俺のことを覚えている風なのに、年齢は忘れているのだろうか?


「い……一年だ」


 戸惑いつつも答えると、


「一年生か〜。じゃあ、二歳差なんだね」

「二歳差!?」


 てことは……この人、三年生!? 先輩なのか!?

 ぎょっとする俺をよそに、ふむふむ、といった具合に頷いてから、彼女は「あ」と思い出したようにばっと振り返る。


「もしかして、私のこと追いかけて来てくれたの?」

「はい……!?」

「私がこの学校にいる、て知って、入学して来てくれた……とか!?」


 ぱあっと太陽の如く輝く笑顔。一心に期待に満ちた眼差しを向けられ、良心が抉られるようだった。

 もうお許しを! ――と土下座したくなってくる。

 岩のような罪悪感がのし掛かってきて、地の底深くに埋まってしまいそうだった。いや、もはや埋まってしまいたい。

 言えない。絶対に言えない。あなたは誰なんですか? なんて……。俺はあなたのことを全くもって覚えていません、なんて……。口が裂けても言えん!


「いえ……」と逃げるように視線を逸らし、俺は苦いものを噛み潰すような思いで答える。「そういうわけでは……」

「そっか。――じゃあ、偶然? すごいなぁ。もう運命だね。幼馴染の絆だ。やっぱり、幼馴染は示し合わせなくても、こうして出会っちゃうんだね」


 春の青空の下、清々しくそう言い放つ彼女。さらさらと流れるような長い黒髪をなびかせて歩くその背中をちらりと見ながら、「はあ」と生返事しかできなかった。

 いや、まあ……実際、追いかけてきたんだけども。示し合せることもなく、俺が勝手に追いかけてきたんだけども。彼女ではなく、もう一人の幼馴染、まりんを。

 ――と、そこでふいにハッとした。

 そういえば、まりんは……!? 俺の幼馴染ということは、自ずとまりんとも幼馴染ということになるのでは……!? 

 そうだ。まりんを糸口に会話を進めて、自然な流れで過去の話を引き出していけば、彼女が何者か分かってくるんじゃ!?

 これだ――と俺はカッと目を見開き、「実は、まりんも同じ学校で……」と切り出そうとした、そのときだった。

 ちょうど、体育館をぐるりと回って校庭に足を踏み入れた瞬間。わっと歓声にも似たどよめきが辺りに広がるのが分かった。

 え、と見れば、校庭に雑然と散らばる生徒たちがこちらに視線を向け、何やらわいわいと沸き立っている。


 なんだ、これは……?


 その妙に浮ついた空気には身に覚えがあった。

 まりんの幼馴染をクビになる前、まだ、堂々とまりんの隣を歩いていた頃だ。まりんと一緒に歩いていると、まりんの類い稀な可愛さに目を奪われ、陶酔したように見つめてくる輩が山のようにいた。だいたい、俺の存在に気づくや、目を逸らすものだったが――それでも、こういう『注目の的』になるというのは、何度も経験してきた。俺にとっては日常茶飯事。慣れたもの……だったはずなのだが。

 これは……少し、違う。

 彼女の登場で、校庭の空気までもが変わってしまったような。そこに満ちているものは、興味とか好奇心とか、それだけじゃなくて。そういう生半可ものではなくて。崇拝……にも近い何かな気がして――。


「どうかした、ハクマくん?」


 そんなどよめきもまるで気に掛ける様子もなく、「さ、行こ」と彼女は俺の腕を引いて、その視線の矢の中を堂々と進んでいく。それが、さも当然かのように……。

 なんなんだ? と、俺はその華奢な背中をまじまじと見つめてしまった。俺の幼馴染だというこの人は、いったい何者なんだ?

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