第5話 俺の幼馴染だ!

 五、六人の怪しげな奴らと、体育館裏のほうへ向かった――その目撃情報をもとに、人波を掻き分け、俺は体育館裏へとひた走った。

 なんてベタな。しかし、なんと恐ろしい状況か。生きた心地がしないとはこのことだ。

 体育館裏に行けば、そこには陰鬱とした空気が漂い、体育館の重々しい影の中、ブレザーの制服をこれでもかと着崩した素行の悪そうな奴らが、美少女まりんを囲んでいる。そんな光景がありありと思い浮かんだ――のだが。


 行き着いた体育館裏は、桜の木がずらりと並んでいた。そこかしこに桃色の可憐な花びらが舞い、実に絵になる美しさ。体育館の影も――今の時間帯は、だろうが――校庭側に落ちているらしく、燦々と降り注ぐ春の陽光が見渡す限りに満ちている。全くもって『体育館裏』という印象はない。そんな中、確かに、五、六人の『辺な奴ら』が円陣でも組むかのごとく、ぐるりと輪になって誰かを囲んでいた。しかし……そんな彼らもまた、俺の予想とは程遠く、ブレザーの制服を清く正しく着こなし、誰も彼もほっそりとして、もはやひ弱な印象で。調子を狂わされつつも、否――と、俺はすぐに気を取り直して、気合を入れ直す。

 人は見かけによらず(まりんを除く)、と言うだろう。

 油断大敵。何かあってからでは遅いのだ。

 目の前でまりんがどこの誰とも知らん連中に囲まれているというのなら、救い出すのみ。


「おい、お前ら、その子に何の要件だ!?」


 目をくわっと見開き、俺は怒号を上げて走り出す。

 ぎょっとして振り返るメガネ率七割ほどの連中。たちまち、どよめき、円陣が崩れる。その隙をつき、中に突っ込み、そこに居た少女を庇うように背にして佇む。そして、威嚇するようにぐるりと全員を睨みつけ、


「俺は国矢白馬。――彼女の幼馴染だ!

 取り囲んでまでするような話があるなら、まずは俺が聞いてやる」


 高らかに言って、「大丈夫だったか!?」とまりんに振り返った。

 まりんは目を潤ませながら、「ありがとう、ハクちゃん!」と抱きついてくる……と思いきや。

 あれ――と俺は呆然として固まった。


 ぽかんとして俺を見上げていたのは、美少女だった。まごう事なき、美少女だ。

 

 ぱっちり二重の、聡明そうな切れ長の目。鼻筋はすっと通って、小ぶりの唇は桜の花びらのように淡い桃色に色づいている。風になびく黒髪は、鋼のごとく煌めき、真っ直ぐに背中の真ん中あたりまで伸び、まさに『大和撫子』。袴姿がよく似合うだろうな、と一目見て思った。

 すらりと細身で――無論、俺よりは低いが――長身。しかし、胸元はふっくらとして、つい、目がいってしまう存在感を放っている。


 美少女は美少女……だが、違う。顔も体格も、そして雰囲気も。まりん――ではない。

 つまり……純然たる人違いだ。

 俺は今、人違いで、全くもって見知らぬ人の前に『ジャジャーン』とばかりに現れ、『幼馴染だ』と自信満々に言い放ってしまったのだ。

 ものすごく、恥ずかしい。

 ぶわっと顔が赤く染まるのが自分でも分かった。とりあえず、謝罪を――と思ったそのとき、


「ハクマ……くん」


 じいっと不思議そうに俺を見つめていた彼女がぽつりと呟き、


「――きっと、いつか会えると思ってた!」


 それまでの淑やかで物静かな印象をぱあっと一瞬にして打ち消すような、輝くような笑みを浮かべてそう言い放った。

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