第4話 脳裏に残る声
高校の最寄駅で降り、ホームで目が合うなり、『三歩以上近づいちゃダメだからね!』とまりんは高らかに言い放った。
たかが三歩。されど三歩である。
そして、俺の三歩はかなりの距離がある、と今日、俺は思い知った。これほどまでに、己の足の長さを疎ましく思ったことはない。
手の届かない距離からまりんを見守ることの、なんというもどかしさ。苦行以外の何物でもなかった。まりんが転びそうになるたび、何かにぶつかりそうになるたび、横断歩道を渡るたび、足が勝手に動いて駆け寄りそうになる。
それでも、たまにチラチラと振り返っては『分かってるよね?』と言わんばかりの射るような眼差しを向けてくる真木さんに無言の圧力をかけられ、俺は断腸の思いで耐え続けた。
やがて、交差点に差し掛かり――神のイタズラとしか思えないタイミングで――赤信号に引き裂かれ、俺とまりんとの距離はさらに開いた。学校にたどり着いた頃には、その小さな背中はわいわいと新学期に沸く生徒達の波に呑み込まれ、俺は見事にまりんの姿を見失った。
「なんてことだ……」
正門から濁流のごとく押し寄せてくる人混みの中、俺は愕然として立ち尽くした。
これが……『ただの同中』なのか!
改めて、思い知らされるこの距離感。たとえ、同じ高校だろうと一切の関わりが許されない。手が届く距離に近寄ることさえ叶わない。もはや、他人……いや、応急処置さえ拒まれるのだから、他人以下だ。
遠くから見守ってみたら? ――そう真木さんは言った。しかし、だ。これじゃ、何もできないじゃないか!? 『見守る』って、いったい、なんなんだ?
もし、まりんに何かあっても俺は文字通り手も足も出ない。それどころか、気づくことさえできない。今だって、もしかしたら、まりんはどこかで転んで怪我をしているかもしれない。急に熱を出して苦しんでいるかもしれない。それなのに、俺はここで呆然と佇むのみ。
こんなんじゃ、それこそ、俺は幼馴染失格なんじゃ――?
その瞬間、ぞくりと背筋に悪寒が走った。
それまで騒がしかった辺りの喧騒がさあっと消え去り、校庭にたった一人、取り残されたような錯覚に陥った。漠然とした焦燥感と、ぞっとするような罪悪感がこみ上げてくる。心臓の鼓動がドクンドクンと次第に早くなって、胸が焼けるように熱くなっていく。荒々しい自分の息遣いが耳障りなほどの静寂の中、どこからともなく聞こえてくる声があった。
――国矢くんはまりんちゃんの幼馴染でしょ!
誰だっけ? もう名前も覚えていないのに。顔だって靄がかって、思い出せないのに。それでも、その声だけはずっと……何年経とうと、俺の脳裏から消えることはなかった。
やっぱり、無理だ――と汗が滲む拳をギリッと握りしめていた。
まりんのことを放ったらかして、俺は俺で高校生活を楽しむなんて。俺にはできない。できるわけがない。だって、俺は一度……。
と、そのときだった。
「すごい美少女だったな!?」
背後で興奮気味にそう叫ぶ声が聞こえて、俺はハッと我に返った。
美少女……?
「でも、変な奴らに囲まれてたけど、大丈夫かな?」
変な奴らに囲まれてた?
言わんこっちゃない!
俺は目を見開き、勢いよく振り返り、
「どこだ!?」
背後にいた二人組の片方――ひょろっとした痩身の奴の両肩を掴み、俺は声を荒らげて訊ねた。
すると、そいつは「ひい……」とか細い悲鳴のようなものを上げ、
「な……なにがですか?」
「まりん……いや、美少女だ! 美少女が変な奴らに囲まれてた、てどこで見た!?」
「ええ……?」
なんだ、いきなり? とでも言いたげに、そいつは隣の奴と青白い顔を見合わせた。
まあ、戸惑うのも仕方ないよな。彼らは知らないんだから。俺とまりんの関係を。
「その子……その美少女はな……」と俺はぐっとそいつの肩を掴む手に力をこめ、目力たっぷりに見据えて言った。「俺の幼馴染なんだ!」
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