第2話 同中の登校①

「まりーん!」

柑奈かんなちゃん」


 朝の七時半過ぎ。駅ビルがあるわけでもなく、ロータリーの周りには交番と駐輪場があるだけの寂れた駅に、わらわらと人が集まり始めていた。そんな中、まりんの姿を見つけるや弾んだ声を響かせて駆け寄ってきたのは、まりんと同じように緑のブレザーの制服を着た、すらりと背の高い、黒髪ボブの少女だった。すっと通った鼻筋に、ややつった目。どことなく冷たい印象の凛々しい顔立ちで……なんとなく、クレオパトラを思わせる。

 中学のときからのまりんの親友、真木柑奈さんである。


「まりんはブレザーも似合うな〜」とまるで俺の心の声を代弁するかのように言い、真木さんはまりんを抱きしめた。「今日からまた同じ学校だ。よろしくね〜」

「柑奈ちゃんのほうこそ、ブレザー似合う! 私なんか『着せられてる感』がすごいよ」


 そんなことはないぞ、まりん――と声を大にして言いたい。

 まりんのためにブレザーというものがこの世に作られたかのような『しっくり感』。もはや、まりんが着てブレザーが完成されるかのよう。まりんが身に纏うブレザーだけが、スパンコールでも織り込まれているかの如く生き生きと輝いて見える。

 『馬子にも衣装』の逆はなんと言うのだろうな。ああ、きっと、『まりんにもブレザー』だ。

 そんなことをしみじみと感じ入りながら思っていると、


「って、そんなところで何してるのかな、国矢くん?」


 まりんから離れるなり、真木さんはこちらに顔を向け、どこか演技じみた言い方でそう声をかけてきた。


「おはよう、真木さん! 今日からまたよろしく!」


 まりんの背後、二メートルほど離れたところできちっと頭を下げて挨拶をする。

 すると、「あはは」と真木さんの陽気な笑い声が返ってきて、


「そうだった。そりゃ、君も同じ学校だよね。進路希望の紙に第一志望から第三志望まで『まりんと同じく!』て書いて先生に怒られた――てほんと?」

「ああ、そういえば、そんなことも……」

「やめて、柑奈ちゃん!」


 頭を上げて答えようとした俺の声を、まりんの甲高い声が遮った。


「そんな昔の話はもういいの!」

「昔って、まだ一年も経ってないでしょ。ダメよ、国矢くんのまりん伝説は語り継いでいかなきゃ」

「語り継がないでー!」


 わあ、と慌てて大声を上げ、まりんは「ほら、行こう!」と真木さんの腕を掴んで駅のほうへと歩き出す。


「電車来ちゃう!」

「あれ? 国矢くんは? 一緒に行かないの? 同じ学校だし、電車も一緒じゃ……」

「行かないの!」不思議そうな真木さんの声をぴしゃりと遮り、まりんは宣誓でもするかのように高らかな声で――きっと、後ろにいる俺にも聞こえるように、と――言い放った。「ハクちゃんはもう『ただの同中』だから! 一緒に学校は行かないの!」

「はあ? 国矢くんがただの同中、て……まりん、本気でそれ言ってたの?」


 ――と、そのときだった。

 真木さんの腕を引っ張り、威勢良く歩いていたまりんが、石か何かに躓いだのか、突然、バランスを崩してドテッとその場に転んだのだ。

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