第73話 手長足長 2

 廣瀬の買ってきた首輪は分厚い皮で出来ており、それに繋ぐリードも太い綱であった。

(よう似合うで~~犬神~~)

 とはやし立てられて犬神は自慢そうにフフフと笑った。

「寒い思うたら雪が降ってるやないけ……」

 しまったという風な顔の闇屋の横で、犬神は廣瀬にリードを首輪につけて貰った。

 廣瀬が闇屋にリードを渡すと、犬神はぐいぐいと力任せに歩きだした。

「ちょ、待てや、そんなに急がんでも……」

 闇屋は面倒くさそうな顔をした。

 だが犬神が一歩も引かぬという勢いで歩き出したので、仕方なくその後から歩き出す。

 玄関から外に出ると、細雪が降っている。

 まだ昼を少し過ぎたという時間なのだが、空は灰色でどんよりとしている。

「こんな日は酒でも飲んで寝たいな……」

 闇屋がぶつぶつと言うが、犬神は今更中止にされてたまるかと小走りになった。


 スポーツ公園はその名の通りにスポーツを楽しめる施設などが集合した規模の大きな公園である。テニスコートやバスケットリング、子供が遊べるような滑り台やジャングルジムなどもあり、保育園などがピクニックや遠足にも来るような広い公園だ。

 とりわけ最近出来たドッグランが人気で、近所の愛犬家や少し遠くからでも車でやってくる犬達がいる。水道、トイレやちょっとした四阿などもあり、飼い主はそこで弁当を広げたり、バーベキューをしたりも出来る。

「こんなさっぶい日に散歩なんか誰も来んやろ?」

 と闇屋は言ったが、ドッグランに近づくとちらほらと人影が見える。

 ドッグランの囲いの中にはもう何匹かの犬が走っている。

 闇屋は犬神をドッグランの囲いの中に入れて、リードを外してやった。

 しゅばっと風のように走り去って行く犬神。

 すぐに何匹かの犬が挨拶しあっている輪の中へ大きな顔を出す。

(あれが犬神お気に入りの娘だよー)

(そうそうー)

 といつの間にか闇屋のジャケットのポケットに入っている小鬼達が顔を出して囁いた。

 目をこらしてみると犬神の側に小さい犬がいる。

「ち、ちっさ。なんぼなんでもちっさぁないか?」

 と闇屋が言った。

 犬神がデレデレとしているのは、小さな小さなチワワ嬢。

 真白でキュートだが、顔が犬神の前足の先くらいしかない。

 大きな犬神なら一口で喰ってしまえそうだ。

(こんにちわ。今日は寒いですね)

(そ、そうだな)

(あの方がご主人様ですか?)

 とチワワ嬢がフェンスにもたれ掛かってこちらを眺めている闇屋を見た。

(そうだ)

(大きなあなたにはお似合いの大きな方ですわねぇ)

(ま、まあな)

(私のご主人様はあちらですわ。美由紀さんと言いますの)

 とチワワ嬢が振り返った所へ、スポーツウエアを着た軽装の女性が走ってきた。

 女性にしては背の高い、手足のすらっとした美人だった。

「ミルク、寒いから今日は早めに帰る?」

(嫌ですわ)

 とチワワ嬢のミルクは飼い主の手から逃れようとさっと走りだした。

「もう、ミルクったら!」

 吉野美由紀は腰に手をあてて、走り去るミルクを困った顔で見た。

 それから犬神を見て、

「まあ、大きいわねぇ。ハスキーかな? もふもふしたいなぁ。飼い主さんどこかな?」

 と言った。

 犬に話が通じるはずもないけどね、と思ったような顔だが犬神は美由紀に背を向けて、歩き出した。少し歩を進めて振り返る。

 人間に何かを訴えたくて案内する犬や猫は確かにいる。

 愛犬家というのは確かに犬と気持ちが通じてると信じているので、美由紀は嬉しそうに笑って犬神の後からついて歩いた。

 犬神フェンスの外にいる闇屋の側に寄って、「ワン」と鳴いた。

「こんにちわ」

 と美由紀が闇屋に声をかけた。

(おやまあ、この娘はん、あにさんに声かけたで。勇気ありまんな)

 と髑髏爺が呟いた。

 闇屋の外出に伴い身体の柄も全てがお供をするので、どこでも賑やかである。

(冬のあにさんは普通やからな)

(そうそう、長袖長ズボン、ジャンパーに首巻き、手袋、どこにもわしらが見えへんもんな)

 顎の下まで防寒の首巻きに隠れている闇屋は刺青が見えないといたって普通の男性である。

「どうも」

 と闇屋が答えた。

「この子、ハスキー犬ですか? 大きくて凄く綺麗ですね!」

「……知らん。雑種やろ」

 と愛想もクソもなく闇屋が答えた。

 寒くて寒くて一刻も早く帰って酒が飲みたかった。  

「触っても?」

「ああ」

 美由紀が犬神の毛皮をもふもふしている。

 犬神は撫でてもらうのが嬉しくて、ついには芝生の上に寝転がり腹を見せた。

 太い尻尾が嬉しさにブルンブルンと揺れている。

 闇屋はその様子をじっと眺めている。

「綺麗な毛並みですねー。シルバーグレー? でもお腹は真っ白でふわふわ。綺麗にお手入れしてるんですね」

 と美由紀が闇屋にそう言った。

(なんや、ええ感じやないか……ついにあにさんにも出会いがあったか……)

(あにさんに人間の女なんか!)

 という声もする。

「ワン!」

 と一声鳴いて、犬神がさっと素早い動作で起き上がった。

 警戒するような姿勢で美由紀を見た。

「あら、どうしたの?」

 美由紀はきょとんとしている。

 犬神は困ったような顔で闇屋と美由紀の顔を見比べている。

「そろそろ帰るで。雪も降ってきたしな」

 ちらちらと舞っていた細雪が少し激しくなってきている。

「あら、本当だわ。ミルク! ミルク!」

 と美由紀も愛犬のミルクを呼び寄せて、抱き上げた。

「すっかり冷たくなっちゃって」

 ミルクは美由紀の顔をペロペロと舐めた。

「じゃあ、また……そうだわ、こちらの犬君、お名前は何て言うんですか?」

 と闇屋に聞いた美由紀に対して闇屋はしばらく考えていたが、   

「ジュリアーノ」

 と答えた。

(ぷ)

(ジュリアーノやて……)

 と笑いを我慢する声が周囲からしたが闇屋はすまし顔で、

「ジュリアーノ、帰るで」

 と言った。

「へえ、ジュリアーノか、格好良い名前、ぴったりね! この子はミルクなの。よろしくね」

 

 美由紀がミルクを抱いて去って行く姿を闇屋はしばらく眺めていたが、やがて犬神の首輪にリードを付けて歩き出した。

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