第71話 颯鬼 11
安田は店の隅っこの壁際でぶるぶると震えている。
(おにいちゃん……おにいちゃん……)
狂い死にしてしまった娘の魂はどす黒い霧に姿を変えている。
その黒い霧が隅っこにいる安田に向かって集まっていく。
自身が悪霊のくせに、安田は酷く怯えたような表情になっていた。
霊魂である安田の身体に霧が纏わり付く。
ぶるぶると震えながらも安田にはそれに対抗出来なかった。
嫌だ、嫌だ、と腕を振り上げたり顔を振ったりするが、娘の黒い霧は安田に寄り添ってぴったりとくっつく。
「悪食!」
と颯鬼が言うと、陰から悪食が飛び出した。
「一片も残さずに喰ってしまえ」
悪食は嬉しそうに天井まで舞い上がり、そして安田と哀れな黒い娘の上へ覆い被さった。
ばさっと広がりぎゅっと二人を包む。
しばらく租借のように動いていたが、やがて動きを止めた。
悪食がこちらへ振り返った時にはもうどこにも二人はおらず、悪食は満足そうにまた床の隅で丸まった。
「悪食、消化はするなよ。なるべく長く、二人で過ごさせてやれ。幼馴染みとかいう哀れな娘の最後の願いだ」
「えげつな-」
と沈黙を破ったのは闇屋である。
「そうか?」
と言って颯鬼は闇屋の前の席に座った。
「磯女、この娘を休ませてやれ」
月子は闇屋の腕にもたれかかるように気を失っている。
安田を引き剥がした時の衝撃で一気に身体に負担がかかったのだろう。
「あ、はい」
店の者に手伝わさせて、磯女は月子を店の奥へと運んで行った。
「悪食の中で永遠にとかマジ地獄やな」
「しょうがないさ。自分の犯した罪は自分に返ってくる。あの男は自業自得だ。幼馴染みだという娘もあの男のせいで気が触れて自死した。自殺者の堕ちる常闇の世界でもまあ、好きな男となら幸せだろう」
「さあさあ、颯鬼の旦那に闇屋のあにさんも、目一杯飲んでくださいよぉ」
と奥から磯女が一升瓶と陶器のコップをいくつか持って出てきた。
「すぐに魚も捌いてしまいますからねぇ。今日は生け簀がからっぽになるまで食べて行ってくださいよぉ」
わっと歓声があがりその場にいた者が酒の瓶に群がった。
小鬼がテーブルの上で笛を吹き、小皿の縁を叩き、そして舞い踊りだした。
「月子ちゃんの為にえらい頑張ったやんけ」
と闇屋がけけけっと笑いながら言った。
颯鬼はふんっと横を向いてからコップの中の酒を飲み干した。
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