第70話 颯鬼 10
颯鬼の言葉にその場にほっとしたような雰囲気が広がった。
妖が人間と相容れるかどうかは難問でもあるが、悪霊に悩まされるのは人間も妖も同じだ。知性もなく憎しみと猜疑の感情だけで動く悪霊は妖にも取り憑き、力の弱い妖は巨大な悪霊の餌食になる事もある。
人間の魂の奥深くまでしがみついている悪霊の退治を颯鬼が楽勝、と言ったので、皆がほっとしたような顔になった。
美味しい物を食べ歩くしか興味のない小鬼でさえ、
(銀鬼様、格好いいー)
(そうだねー)
とはやし立てた。
闇屋はテーブルに頬杖をついただらしない格好で、
「で、どうするんや。腹減ったから、さっさと始めてさっさと終わってくれ」
と言った。
「ではその娘の事はお前に頼んだぞ」
と颯鬼が闇屋に言ったので、
「はあ? 何で俺が……」
と闇屋はぶつぶつと文句を言った。
颯鬼は悪霊の安田の方へ向かって、
「その娘の事は諦めてお前の行くべき場所へ行け」
と低い声で言った。
だが安田には当然のように颯鬼の声は届かず、無視の態度を決め込む。
颯鬼はやれやれという風な顔で右手を上げ、安田の頭をぎゅうっと鷲づかみした。
すでに安田に実体はなく、その身体はぼんやりとして透けて見えるだけの存在だった。
だが颯鬼が安田の頭を掴んだ瞬間にはっと安田が顔を上げた。
目線が動き、そろそろと周囲を見渡す。
不可解な者達に囲まれているのを感じたようだ。
だが、それでも月子の側から動こうとはしない。
再び月子に視線を戻し、また動かなくなった。
「これで最後だ。お前の為に言うぞ。その娘から離れろ」
安田は颯鬼を完全に無視していたが、ただ、口角が少しあがった。
ニヤリと笑ったようだ。
安田の消滅は月子の死を意味する事を理解しているようだ。
どうせ何も出来はしないだろう、という風な顔で颯鬼をちらっと見る。
「そうか、この俺にそんな態度をするか。最後のチャンスは与えたぞ。選んだのはお前だ」
と颯鬼が言った。
再び颯鬼が右手を上げて手のひらを安田の前に差し出した。
その手に平の上には黒い玉があった。
安田は一瞬、不思議そうな顔をした。
颯鬼がその黒い玉を握りつぶした瞬間、パっと黒い霧の様な物が辺りに散らばった。
(ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーー)
という悲鳴を発したのは安田だった。
安田があまりの驚きの為に、一瞬月子を忘れてしまう程に気がそれた。
安田は月子の魂を手放してしまったのだ。
その瞬間に颯鬼は安田の頭を掴んで月子の身体から引きはがした。
そして、闇屋の方へ月子を突き飛ばす。
「きゃっ」
と言って月子が闇屋の腕の中に倒れ込む。
それを見た安田が狂ったように怒気を発しながら闇屋の方へ襲いかかろうとした。
しかし闇屋の前には犬神が立ちふさがり、牙を剝いて唸った。
安田は犬神に対抗しようとしたが、
(おにいちゃん……淳ちゃん……)
というか細い声に身体中を引きつらせて、店の隅のほうへ飛んで逃げた。
「あの子は……」
と磯女が言った。
こちらも若い娘だった。だが、真っ白い病衣のような物を着て、首にはシーツを裂いて作った細い長い紐が巻き付いている。
首吊り自死の果てのようで、目玉は今にもこぼれ落ちそうな程出っ張り、顔色は悪く浮腫んで膨れている。
「お前を慕って、気が触れてしまった娘のなれの果てだ。寂しいというから連れてきてやったぞ。仲良く、常闇の世界で添い遂げてやれ。永遠に二人っきりで」
と颯鬼が言った。
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