第67話 颯鬼 7

「いらっしゃいませぇ! あら、闇屋のあにさん、お久しぶりですこと~~」

 と磯女が愛想良く闇屋に言った。

 闇屋は店の中を見渡して、

「繁盛してるて噂やけど、そうでもないやんけ」

 と言った。

 開店しているはずだが、客は数名しかおらず、それもどこかで見たような妖の匂いがする者ばかりだった。上手く人間に化けてはいるが、同胞は気配で分かる。

 しかし闇屋とともに店になだれ込んできた闇屋の図柄が数十名いたので、賑やかしにはなった。

「今日は颯鬼の旦那の貸し切りだもの」

「貸し切りぃ? 豪勢なこった。で? 大盤振る舞いの本人がおらんやんけ」

 闇屋は空いている四人がけの椅子に座った。

「ちょっとご用事に行ってますよ」

「磯女、酒くれや。お前らも今のうちに目一杯飲み食いしてやれ。これこそ鬼のいぬ間の何とかや。けっけっけ」

 と闇屋が漂う妖達に言うと、わっと歓声が上がった。

 だが磯女は両手を合わせて申し訳なさそうな顔で闇屋に、

「すみませんね、しばらく待っていただけます? 事が終わったらたらふく飲んでいただきますからぁ」

 と言った。

「何やそれ……」

 テーブルに頬杖をついた闇屋の視線がふいと店内を一周し、カウンターの奥の方で立っている娘に止まった。

(あにさん……あの娘、悪霊憑きやわ)

 鬼子母神が出てきて闇屋の側で言った。

「まじか、自殺者の烙印つきやんけ。質の悪い」

 闇屋はけっと言った。

 カウンターの中で磯女の手伝いをしていた月子の側にはやはり安田がへばりついている。これだけの数の妖が店に充満していても安田には何の興味もないようだ。

 ただただ、月子の側で彼女だけを見つめている。

「颯鬼が悪食を持ってったのはあいつを喰わすためか。もう遅ないか? あの娘、身体半分、悪霊に持ってかれてるで。悪食はアホやから、あの娘の半身ごと喰らうやろうな」

 と闇屋が言った。

「闇屋のあにさん、本当ですか?」

 心配そうな顔の磯女が闇屋のテーブルへ小走りにやってきた。

「月子ちゃんごと? なんとかなりませんの? 月ちゃんまで……」

「月子? 月子って言うのか、あの娘、へえ」

 と闇屋がにやりと笑った。

「颯鬼の旦那が言ってました。月子ちゃん、自分でも死んでしまいたいくらいな気持ちなんですけど、死んだら思う壺だって」

「そやろうな。死んだ瞬間にあの悪霊に取り込まれ、仲良くくっついて永遠に彷徨うだけや。ぱっと見でももの凄い執着を感じる。これだけの妖が集まった場所で全然ひるまへんてすごないか? あの娘からあれを引きはがすんは面倒やし、あの娘を避けて悪霊だけを喰らうなんて芸当は悪食には出来ん」

(惨い話やなぁ)

 と声がして、磯女が振り向くと青女房がふらっと姿を見せた。

 同時に店の入り口が開いて鳴宮が入ってきた。

「ただ酒が飲めると聞いて来ました」

「金蔓がどっか行っておらんからお預けや。お前、払え」

「え、マジスか。ただ酒と聞いて財布なんか置いてきましたけど」

 と鳴宮が答えて、闇屋はちっと舌打ちをした。

「人間の娘を助けてやるなんて颯鬼のだんならしいけど……悪霊憑きの人間なんかそこら中に腐るほどいてる……いちいち助けてたら身がもたんでぇ」

 と青女房が呟いた。

「本当にいい娘だからあたしが無理言ってお願いしたのよ」

 と磯女が言った。

「颯鬼のだんなは優しすぎるんじゃ。人間なんか放っておきゃええのに」

 と青女房が気に入らないような口調で言った。

「いいじゃないの。颯鬼の旦那のする事に口出ししないでちょうだい。人間界で生きてるとね、いろいろあるのよ。人間とうまく合わせて生きていく為には否応なしに関わり合いにならなきゃならない時もあるの。そういうあんたは、ふらふらと人間の背中で遊んでるだけで、あにさんの役にも立ってないくせに。そのくせただ酒を嗅ぎつけてたかりに来て偉そうに言わないでよ」

 と人間世界で長い間生きてきた磯女は理屈が達者である。

「なんやと? わしがあにさんの役に立ってないやと?」

 と短気な青女房がむっとする。

「そうでしょ? 毒気も抜かれて、柄になる事も出来ない今じゃただのおしゃべり人形じゃないの」

「貴様……」

 睨み合う青女房と磯女に、

「お前ら、うるさい。酒も飲めんのやったら帰るで」

 と闇屋が言った。

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