第59話 鬼女紅葉 8

 洋一と樹里は無事に結婚したが、浮気者というのは一つ手に入ったらまたすぐ次に目が行くものだ。仕事の付き合いで訪れたバーで洋一は新しい女に出会った。

 素晴らしく美しく、そして、色っぽい。色白でもっちりとした肌がたまらない。

「あっちの名前は紅葉と言いますのさ、旦那」

「紅葉か、君にぴったりないい名前だ」

「新婚さんと聞いたけど、いいんですか? 早く嫁さんの所へ帰らなくても」

 そう言いながらも紅葉は色っぽい流し目をくれる。

「いいんだ。若いだけが取り柄の女でね。家事も料理も上手くない」

 そう言いながら洋一は笑い、紅葉と関係を深めていった。

 すぐに閨をともにするだけの関係になった。

 紅葉は何もねだったりせず、余計な詮索もしない。

 会えば身体を重ねるだけだ。

 洋一は紅葉に溺れていった。

 結婚した樹里はそんな洋一に文句も言わなかった。

 仕事を辞めて専業主婦におさまり自由に遊び歩ければいいようだ。

 洋一の両親はそんな樹里が不服そうだったが、樹里は少しも気にしない女だった。

 家事も掃除も洗濯も近所付き合いも何もしない女で、子供が出来ればと期待をしていたが子供を授かる兆しもなかった。

 これなら春子の方がましだったと言ってみても遅かった。

 何度も×がつくのは世間体が悪いので、洋一は樹里と離婚しようとも思わなかった。

 

「もう、お前とはおしまい」

 とある日紅葉が言った。

「え、何故?」

「もう、用事はすんだからさ」

「用事?」

「そうさ、お前から頂く物は全部頂いたからね。お前の仲はからっぽさ」

 そんな簡単な会話だけで紅葉は洋一から去った。

 気がつけば洋一は四十を超えていた。

 樹里も三十を過ぎた。洋一は仕方なく、家庭に目を戻した。

 そして愕然とした。

 今まで見えていなかったのか、家は荒れて、両親は年老いていた。

 貯金は無く、それどころか樹里の借金が発覚する。

 若作りしてホストクラブへ通う為に、ブランド品を買いあさり膨れあがる借金。

 それを怒ると樹里は洋一の浮気三昧をまくし立てる。

 仕方がなくこれからは堅実にいこう、子供も作ってきちんとした家庭を築こう。

「残念ですが精子の数がゼロに等しく……まず望めませんね」

 励んでも励んでも妊娠する兆しがなく、重い腰をようやく上げて病院で診てもらえば医師からの残酷な宣言だった。

 年老いた両親は失意のまま、床につく日が増えた。

 樹里がそんな両親を介護するはずもなく、洋一はショックで惚けが出始めた母親を自分で面倒みなければならなくなった。

 春子が出て行ってから近所付き合いもしておらず、むしろ近所に好かれていた春子を追い出したと評判が悪い。母親がそうなっても誰も手助けも助言もしてくれなかった。

 子供を持つ未来もなく、年老いたて弱っていく両親の面倒を見ながら、まだ浪費を続ける樹里の為に働き続けなければならない。

 洋一の人生の後半はそんなどん底にまで落ちていった。   

  

「紅葉に会いたい」

 と洋一は呟いた。

 綺麗で優しく、素晴らしく魅力のある身体だった。

 何度も何度も紅葉を抱いた。

 どうして紅葉はいなくなってしまったんだろう。

 母親のおむつを替えながら、洋一はずっと紅葉の事を考えていた。

 紅葉の事を考える時だけが幸せだった。

「お前の中はからっぽさ」

 という紅葉の最後の言葉だけがいつまでも洋一の頭の中に残っていた。 


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