第58話 鬼女紅葉 7
酷く痛かった。
刺すようなチクチクとした痛みと毒が広がるようなじわじわした痛み。
春子の背中には今、闇屋が紅葉を刺している。
鬼女紅葉は難しい配色であり、その分、時間もかかりそして痛みも酷い。
彼女の美しさを表現するのも力が入る。
そして何よりその妖気の強さ。
春子の肌に徐々に染みいる鬼女紅葉の姿。
それは美しかったが邪悪だった。
「我慢せなあかんで。自分のやりたい事を掴み取るんやったら、死ぬ気で我慢するんやで。素晴らしい失敗作品はもういらんからな」
と闇屋が言った。
施術の前に会わせられた廣瀬という男、失敗したらこうなる、と言われた。
いけないと思いつつも、悲鳴を上げてしまうほどの醜い姿だった。
(我慢しなくちゃ、あんな姿になりたくはないし、私は自由になるんだ。その為の一歩なんだから、あいつらに復讐してやる、笑ってやる!)
紅葉が春子の背中に入ってからも春子の背中が酷く痛んだ。
まるで焼けたアイロンでも背中に押しつけられているようだ。
これが復讐の痛み。
風呂に入っても、シャツがこすれただけでも痛い。
それでも春子は我慢した。
毎日、毎日、毛布を握りしめて、冷や汗を流しながら布団で転げた。
昼間は平気な顔で家事をした。
義理両親の嫌味にも耐えた。むしろ、そんな嫌味くらいは何とも思わなくなった。
意地悪をされても平気になった。
この痛みに比べれば、何ともない。
野良犬が吠えているかのような雑音にしか聞こえない。
そしてある日、(よう、我慢したなぁ、あとはあっちに任せときな)と声がした。
背中は少しも痛くなく、それどころか夫や義理両親に対する怒りも憎しみも春子の仲から消えていた。
その日、久しぶりに洋一が帰ってきて、何度目かの離婚を申し入れられた。
「え? 本当かい?」
洋一はあっけに取られたような顔で春子を見た。
「ええ、離婚に同意します。でも、財産分与はきちんとしてもらいますよ。私の不妊がどうとかおっしゃいますけど、きちんと調べたわけでもないし、何ならはっきりさせてもいいです。もし私に何の問題もないのにこちらを有責にするなら、裁判してでもはっきりさせますけど」
晴れ晴れとした表情で春子は離婚に同意した。
裁判になどなるのも世間体が悪い、春子の気が変わらないうちに離婚した方が良いと判断した洋一は春子の申し出を受け入れた。財産を等分して、そして春子は離婚届けに印を押した。少しばかりの身の回りの物を持って、春子は吉永家を出て行った。
喜んだのは樹里とそして両親である。
若い嫁が来れば、すぐに子供が出来ると思い込んでいるようだ。
だが、ここからが洋一の下り坂だった。
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