第57話 鬼女紅葉 6
洋一は辺りを見渡した。
急に身体がぞくっとしたからだ。
「課長、どうしたんですか?」
樹里が洋一を見た。
「いや、風邪かな。ちょっと寒気がして」
「大丈夫ですかぁ? 何か暖かいものを食べますぅ?」
「大丈夫さ、樹里にこの後、暖めてもらうからね」
「やだー、課長ったら……ねえ、課長、奥さん、まだ家に居座ってるんですか?」
「ああ、どうにも離婚届けに印を押さなくてね。年を取ると女は強情になって駄目だな」
「あたしが悪いんですよね。課長の事、好きになっちゃったから……」
「君が悪いんじゃないよ。思い詰めないで」
「ごめんなさい。樹里が、樹里が、課長の事を諦められたら……いいのに」
弱々しく儚げにそう言った樹里は二十三才で洋一の会社に新卒で入ったばかりの受付嬢だった。
若くて瑞々しい。
ミニスカートも似合うし、スッピンでいても弾けんばかりの綺麗な素肌だ。
ぴちぴした肉体は魅力に溢れているし、笑って座っているだけでこちらまで明るい気分になれる。樹里は三十二才の洋一には素晴らく素敵な女の子だった。
洋一は年若く課長になり、対外的には仕事も出来るスマートな男だった。
いつもぱりっとしたスーツで靴もぴかぴかだし、持ち物もセンスが良い。
気前も良く部下にも評判がいい。
甘え上手で可愛い樹里とは出会ってすぐに惹かれ合った。
出会うのが遅すぎた、とさえ思った。
春子さえいなければ、可愛い樹里と一緒になれるのに。
あいつと来たら子供も生めない上に、暗い女だ。
親ともうまくやっていけない、間に入って俺がどれだけ神経をすり減らしてると思うんだ。
倹約倹約でちまちまするのも窮屈だ。
洋一は何とか春子を追い出して、樹里と結婚したかった。
早いとこ、何とかしないと。
一度家に戻って、押さえつけてでも印を押させるか。
こんなに健気で可愛い樹里をこれ以上悲しませるわけにはいかない。
「樹里、しばらく家に戻るよ」
「えー!」
「やっぱりちゃんとしたい。君ときちんと結婚したいから、何としても離婚届けに印を押させて家も出て行かせる」
「本当?」
「ああ、約束する。不妊なんだからあっちが有責になるし、もうこれ以上文句も言わせないよ」
「嬉しい! 課長!! 早く結婚したい!」
樹里はウフフフと可愛い声で笑った。
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