第31話 桂男 11

「お疲れさん」

 と闇屋に言われて桂男は少し戸惑ったような顔をした。

「あ、ああ」

「スゲーですね! 桂さん、見ましたよ!」

 と鳴宮が興奮したように桂に言った。

「見たって?」

「俺、あの時、電車の隅っこの方にいたんですよね。依頼人が見届けたいって希望だったし、一緒にね」

「そうか」

「見る見るうちに老化してって、まじ怖い技っすね。早送りみたいでしたよ。あれ、もう元に戻らないんですよね? こわー」

「あー、一気に生気を喰ったから、しばらくいいわ。俺も」

 桂男はどさっとソファの背もたれにもたれこんだ。

「人間、一人分の生気でどれだけ力が保てるんだ?」

 と闇屋が聞いたので、桂は、

「質にもよるけど、純那くらいの若い娘なら一年は喰わなくてもいいんだけどな。けど、この容姿を保つなら頻繁に新しい生気を喰ってかないと駄目だな」

「へえ、難儀な生き方やな。美しさを追求せなあかんて」

 と闇屋が言った。それはいつもなら頭にくるような言葉だったのだが、桂は不思議と腹が立たなかった。むしろ、今回の闇屋の仕事は非常に面白かったとも言える。

 何より、ハルキに襲われた時に助けに来てくれた三毛猫又や髑髏爺には感動してしまった自分がいるのだ。

「まあ、お前も大変やな、桂男。えーっとなんやったっけ?」

 と闇屋が言って、鳴宮の方へ振り返った。

「二人の未来に乾杯ですかね」

 と鳴宮が言った。

「ちょ、待て、お前ら……まさか……見てたのか?」

「いやぁ、色男が覆面男に襲われたら大変やから。危機一髪やったろ? 猫又らが間に合おうて良かったな?」

 桂男の背中からぴょーんと中型目々連の目玉が飛び出して、闇屋の腕に戻って行った。

「お前!! 覗き見とか最低だな!」

 桂男の顔は赤くなったり青くなったりしている。

 そこへ、(あにさん、こんなもんでどうでっしゃろ)

 と桂男の顔だけが転がってきた。

「お、髑髏爺、よう化けてるやん、男前やで」

 桂男の顔に手足が生えた髑髏爺、三頭身の巨大な赤ん坊桂男がはいはいしながら部屋に入ってきた。

「ちょっと待て、馬鹿にしてんのか」

 桂男の顔が怒りで引きつっている。

「そう言うてやるな。お前を見習って、こいつらもちょっと妖力の使い方を練習してるだけや。人間と遊ぶんも楽しそうやなって言うてたで、こいつら。ちょっとは人間界に出て行こうって気になったんちゃうか」

 と闇屋が言った。

(やっぱり難しいなぁ……桂男はようこんな姿で一日おれるもんやなぁ。凄いな)

 と髑髏爺が言っている。髑髏爺の持っている妖力を全て使っても顔の部分しか桂男になれないのだ。

(キャッキャッキャ)

 と桂男の顔の赤ん坊も嬉しそうに叫んだ。

「しょ、しょうがねえな。人間に化けるコツってもんがあるんだよ!」

「桂男、闇屋の仕事は面白かったか?」

 と颯鬼が酒の杯を持ち上げながら言った。

「え、あー、まあ……まあまあかな」

 と桂男が言い、颯鬼が笑った。

 その様子を見ていた闇屋が、

「また頼むわ。若い女相手ならお前が一番効力を発揮するな」

 と言ったので桂男は、

「ひ、暇が出来たらな」

 と答えた。

 その後、毎日のように闇屋の工房へ遊びにやってくる桂男がいた。

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