第27話 桂男 7

「どうすんだよ、青女房」

 ふてくされた鳴宮が青女房を睨み、それから入り口の石段に座り込んだ。

 青女房はおろおろとした感じで、鳴宮の横に同じように腰を下ろした。

 夜十時、ここは桂男の勤務先であるホストクラブ、の玄関先。

 店から追い出された鳴宮と青女房が頭をかいている。

 桂男を捕まえるには店しかないと勤め先まで訪ねて行ったはいいが、けんもほろろに追い出された所だ。週末の夜だ、金にもならない客を相手している暇もないのだろう。

 桂男は次々に常連客のテーブルを回り、酒を飲み楽しく会話していた。

 桂男へ差し出された様々な贈り物がテーブルに乱雑に置かれている。

 中にはボストンバッグで札束を運んでくる客もいるのだ。

「なんか懐かしーな」

 と鳴宮が言った。

 以前は自分もそうやって女に甘い言葉を囁いて稼いでいた。

 だがそう長くは続かない。酒で身体を壊し、人間関係で精神を病み、そして次々現れる若いホスト達に座を奪われる。

 落ち目になったホストほど惨めな物はない。

 売れているうちに引退するのが華だ。

 だがホストを辞めた後に自分に一体何が出来る?という恐怖から、なかなか足を洗えないのだ。売れているうちに稼い金を貯めておけばまだしも、身の丈に合わない大金を手に入れた若者がそれを遣いきって足りないほど世の中には物が溢れている。

「終わりまで出てくるのを待つんやで」

「えー、まじかよ。店が終わって出てきてもすぐに身体は空かないぞ。桂さん、何でもありだろうしな」

「何でもありとはなんじゃ?」

「店が終わったらアフターに行くだろうしさ、そのまま朝までのコースだろ。よく身体もつなーとか思ってたけど、逆に人間の生気を頂いてるってか」

「朝まで待たねばならないのか……」

「いやいやいや、待たないぞ。俺は。もういいじゃん。兄さんは髑髏じーさんを指名してたんだし。桂さんだって自分の仕事があるんだし、何も兄さんの刺青に使わなくても」

 青女房は膝を抱えてため息をついた。

 二人の前を通り過ぎる何人かが、時折不思議そうな顔でこちらを見下ろす。

 確かに鳴宮と青女房の二人を見ているのだ。

「……わしら刺青の柄はあにさんの肌に棲み着かんと消滅してしまう。でも桂男のような実体のある妖は違う。やつらは自由や。どこでも生きながらえていける。でも……それがつらい時もある。わしらはあにさんの為に仲間と一緒にあにさんの元で生きていける。桂男は自由気ままに人間の生気を奪いながら一人なんや」

「それは……しょうがないだろ。そういう種の生き物なんだから。桂さんは誰かとつるみたいとか思ってないんじゃないのか? 前に同じ店で働いてたけどさ、桂さん俺たちみたいな同業者ともあんまりつきあいしなかったぞ。一人が好きなんじゃねえの? それか人間の女の子と一緒にいるのが楽しいんだろうよ。ぶっちゃけ、大きなお世話だと思うぞ」

「違う……違うんじゃ……」

 絞り出すような青女房の声に鳴宮もそのまま黙ってしまった。

 やがてそのまま時間が過ぎ、看板の灯りが消えた。

 ホストに見送られて大勢の客が送り出されてきた。

 鳴宮と青女房は店のすぐ横で辛抱強く待っていた。

 やがて仕事を終えた疲れた顔の男達が店から出てくる。

 最後の方に出てきた桂男に鳴宮が声をかけた。

「桂さん、話を聞いてくださいよ」

「はあ? 闇屋んとこへ行って、刺青の柄になれだぁ? ふざけんなよ」 

「桂さんにぴったりな仕事ですよ。若い女、死なない程度にならいくらでも」

「別に客に困ってるわけじゃねえ。若い女なんぞ、いくらでも喰い放題だ」

「そりゃ、そうですよね……」

 つけいる隙もなく、鳴宮は黙ってしまった。

 本当に大きなお世話だ。

「でも……」

「はあ? 何だよ」

「つ、つ、つ」

「つ?」

「連れて行かなきゃ俺がやばいんすよ! 闇屋の兄さん怒らせたらどんな目に遭わされるかあああああああ。あの人、すげえ怖いんです!! 頼みます! 断ってもいいから、とにかく一緒に行ってください!!」 

 と鳴宮が叫んだ。

「嫌だね」

「桂さーん……」

「桂男、人間とばかりつきあってたら疲れるじゃろう? たまには皆のとこで話でもしたらどうや? 人間はお前に望む事ばかりで……」

「その代わりに俺は素晴らしく濃い人間の生気を頂いてる。ギブアンドテイクってやつさ。何の問題もない。青女房、俺の事は放っておけ」

「桂男!」

「桂さん、青女房もなぜだかあんたの事を心配してるんだし……」

「うるさい! 大きなお世話だ!」

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