第26話 桂男 6
「何や、やかましい。客が来てんのや」
と闇屋が鳴宮を睨んだ。
「あ、すみません……」
闇屋の前に佐伯が座っていた。
相変わらずくたびれた感じの格好だったが、その目に宿っていた絶望が消えていた。
ただ、突然現れた着物姿の美しい青女房を酷く驚いたような顔で見た。
「あにさん、この仕事、わしに任せてもらえんやろうか」
と青女房が闇屋の前まで行き、そう願った。
「お前に? 無理やろ」
と闇屋はにべもない。
「あにさん、頼んます……若い娘相手やろう? 死なせたらあかんのやろう? 髑髏爺は絶対に喰ってしまうで……」
「青女房、髑髏爺以前の問題やろ? 確かに以前の青女房やったら、ええ仕事したやろうけど、今は鳴宮の背中にくっついて世間話するんが精一杯やろ。引っ込め」
「ち、違うんや。わしが出向くんやない……その……桂男にやらせてやってくれへんか」
「桂さん?」
と鳴宮が素っ頓狂な声を上げた。
「そうや、桂男や。若い娘相手なら、奴が一番や。奴に見込まれたら死ぬ事もかなわん、永遠に地獄やで」
青女房は若い娘の姿だが、声だけはしわがれた婆さんのような声である。
「桂男?」
「そうや、若い女にはぴったりと思うんやけど……どうやろうか?」
「なんで急に桂男に肩入れするんや? そんなに仲良しだったか?」
と闇屋が言った。
「別にそんなんやない……けど、ただ、わしは……条件がぴったりやなと……若い娘相手……いや、若くても婆さんでも女相手の仕掛けは奴なら絶対に失敗もせん」
闇屋はしばらく顎に手をやって考えていたが、
「お客さん、手はずに時間がかかりそうやから二日もらえますか」
と佐伯に言った。
「は、はあ」
と佐伯は不可解な顔をした。
「二日もらえたら、お客さんの気がすんで釣りがくるくらいに仕上げます。失敗はない」
と自信満々の声で闇屋がそう言ったので、佐伯は腰を上げた。
「では、二日後にまた来ます。よろしくお願いします」
「どうも」
佐伯が帰って行った後、
「で? どうするつもりやねん。桂男を使うのはかまへん。確かに女相手の仕掛けは奴が一番ええやろ。けど、あいつ俺の事、嫌ってないか? それにあいつが喰うに困ってるってわけやないんやろ?」
と闇屋が青女房に言った。
「そうです……わしが勝手に思いついただけや……」
と青女房が小さい声で言った。
「まあ、ええ、なんぞ算段があるんやろ? 桂男連れて来いや、鳴宮」
「え? 俺っすか?」
「そうや。お前の青女房が口を挟んだんや。お前の責任で連れて来いや」
「いや、だって……」
「はよいけ」
闇屋に睨まれて鳴宮は仕方なく工房を出て行った。
(青女房もどういう理由で桂男なんぞを……)
(あいつ嫌いや……人間界でうまくやってる自分は才があると自慢げやしな)
(そやそや。そんでわしらみたいな醜いのとは物も言いたないみたいやで)
(へ、失敗したらええんや)
と工房内では桂男への不満がこぼれだした。
(あにさんもあんな奴、使うてやらんでもええんや……奴くらいの仕掛けが出来るもんは他にもなんぼでもおるやろ)
(せっかくわしが呼ばれてたのに! 青女房、怨むで!!)
と出番を変えられた髑髏爺は特に怒っている。
(あにさん、ええんですか。桂男なんぞ身内に入れて……)
たまりかねたのか、鬼子母神がふらっと闇屋の背中から出てきた。
鬼子母神は古株だし妖力も強いので、闇屋一味の中では発言力もある。
人間界も長いし他の妖に対して押さえる力も強い姉御肌である。
(青女房は古い馴染みみたいやけど、桂男はあにさんをようは思うてないですえ……それに古巣を追われて人間界に出てきた妖が仲間を頼っても、あいつだけですえ……迷惑や言うて仲間の妖を追い返すのは……人間基準の美醜だけしかあいつには意味がないんですえ)
「青女房はやつとそんな古い馴染みなのか?」
と闇屋が言った。
(そうやねえ……青女房も昔はそんな事をしてましたし……)
「そんな事?」
(もう何百年も昔話ですえ……)
鬼子母神はふと懐かしそうな表情をした。
(荒れた古寺で長い間一人ぼっちやった青女房は子供をさらってきたり、若い娘をさらってきては……)
「喰ってたんか」
(初めは違った……ただ、寂しかった……長い長い間、たった一人でいる事に。けれどあたしらは人間とは姿が違う。そやから人間を喰らえば人間になれる、人間みたいな姿形になれる……人間みたいに綺麗に……そんな風に思うてる妖は多いんです……妖力の強い妖ならその力で人間に化ける事も出来るでしょうけど……今は鳴宮の背中に美しい姿で彫り込んでもろうて、言葉を交わす相手もおるし、あにさんのとこに来れば仲間もぎょうさんいてる………人間的に言うたら青女房は今幸せなんと思いますぇ。どういうつもりで桂男を呼ぶのかは知りまへんけど、あの桂男が素直にあにさんの言うことをきくとも思えまへんし……)
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