第25話 桂男 5

 廣瀬の姿は衝撃的だった。

 それが失敗作品だとは、佐伯は一瞬迷った。

 途中で気持ちが終わる事は絶対にない、だが痛みに耐えられなかったら失敗して、こんな醜い姿になるのだ。

「ず、ずいぶんと痛いのでしょうか?」

 恐る恐る佐伯は聞いた。

「まあなぁ、痛みはあんたの気持ちやからなぁ。あんたの復讐の気持ちが大きかったら痛みも大きい。相手にもそれなりの痛みが伴う復讐となる。榎本を見て話をしたんやろ?

あん時の依頼人は笑いが止まらんかったな」

 と闇屋が言った。

 佐伯は榎本の事を思い返してみた。

 公園の便所裏で四つん這いになってじっとしているしかなく、糞尿垂れ流しだった。

 痛い痛いと泣き叫んでは、他のホームレスに蹴られたり罵倒されていた。

 元はエリートサラリーマンだったのも聞いたので、榎本には屈辱的な復讐だっただろう。

 もしあの憎い純那にそれだけの復讐が出来たならさぞかしすっとしてこの胸のつかえも取れるだろうと佐伯は思った。

「あんたが痛みに耐えられた時に復讐は成功や。あんたもきっと笑いが止まらんで」

「ぜ、是非お願いします!」



「ちわーす」

 と鳴宮が闇屋の工房へ顔を出すと、廣瀬がおずおずと事務所から出て来て、

「い、今、お客さんが来てます」

 と言った。空のワゴンを押しているのでコーヒーでも出して、それから見世物になるというお役目を終えたところなのだろう。

「小鬼達が引いてきた客か?」

 鳴宮は待合室の椅子に腰をかけながら誰にともなく言った。

(違うよねー)

(うん)

 と隅の方から小さい声がした。

「じゃあ、誰の紹介だ?」

 たいていは自称マネージャーの鳴宮が間に入る。 

 ネットなどで宣伝しているわけでもない闇屋の刺青工房、特に怨みをはらすなどという物騒な仕事は口伝えでしか広まらない。

「噂を聞いて探してきたんじゃろうな……」

 と青女房が言った。

 暇な妖達がどこからかわらわらと出て来て、青女房や鳴宮に話しかける。

(今回は誰が選ばれて行くんやろう)

(久しぶりに使うてもらえんもんじゃろうか)

 等と自分の力を発揮したい刺青の柄の妖達があちらこちらで話し込む。

(仕掛ける相手は若い女らしいでぇ)

 と声がした。

(うひょー、わしにやらしてくれんもんかね)

(そやけど加減が難しいみたいや。死なせたらあかんって客さんの希望やで)

(なんやそれ)

(死ぬ安心を与えるわけにはいかんと……凄まじく怨んでなさる)

「若い娘によっぽどの目に遭わされたのか? 結婚詐欺とかかな?」

 と鳴宮が呟いた。

(あにさんが呼んでるで……髑髏爺、あんたや)

(うひょー、こりゃあ楽しみやぁ)

 鳴宮は奇声を上げて小躍りする髑髏爺の姿を見た。

 髑髏爺は髑髏に小さな手足のついた見た目は大変気味の悪い妖である。

 むき出しの歯の間からは分厚いベロがべろべろと出てきて、その唾液は強烈な酸である。

 髑髏爺にべろんと一舐めされると肉ごと焼き千切れる。

 悲鳴をバッググラウンドミュージックとしながら髑髏爺は生きた人間をゆっくりと食べ尽くしてしまうのだ。

「鳴宮、この仕事、わしにもらえんか」

 と青女房が言った。

「はあ? いや無理だろ。お前、もうそんな毒素がないだろうう?」

 以前は青女房も闇屋の刺青の柄として、復讐の一刺しとして活躍したのだが、鳴宮の背中に彫り込まれてからはその能力を失っていた。

 ほんの少し、仲間と語らうほどのわずかな力しかなかった。

 妖的な能力を持たない鳴宮の背中で生き続けるのはそれが精一杯だった。

「わし、あにさんに頼んでみる」

 青女房はひょいと鳴宮の側から離れて、青女房は闇屋の工房の中で入って行った。

「え、ちょっと」

 慌てて鳴宮が後を追う。

 青女房はするっとドアをすり抜け、鳴宮はばんっとドアを開けて中を覗いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る