第24話 桂男 4
「す、すげえな。桂さんの術。一瞬で戻ったぞ」
桂と別れてから歩き出した鳴宮がぼそっと言った。
「じゃろう? 桂は美しい物が大好きじゃからな。顔、姿、立ち振る舞い、衣装に至るまで厳選する。妖仲間にもほとんど正体は見せんのじゃ。バカにされるからな」
「バカに? でも人間の美しさは人間の基準だろ? 妖にもバカにされるのか?」
「そうじゃなぁ。妖が何よりも重視するのは妖力の高さじゃ。じゃが桂はそれほど高くもない妖力を全て美しさに費やしている。だから争いや戦いには非力だ。桂は強くなくてもいいが美しくありたい。妖は力の誇示が重要。じゃから、妖力の高さや強さに無関心な桂男は敬遠されてるんじゃ。妖なんてもんは皆、美しいもんやない。人間が恐れおののく存在や。人間を恐怖に陥れて喜ぶのが妖の本性や。美しさなんぞいらんかった。桂男はプライドが高く美しくない妖を見下すその高慢な態度が妖仲間にも嫌われている。わしは桂の気持ちが分からんでもないから、会えば話くらいはするがな」
鳴宮の側で美しくにこっと笑う青女房に鳴宮はなるほど、と思った。
青女房は鳴宮の背中に彫り込まれる前は、しわしわで顔中疣だらけの不気味な老婆だったからだ。
「さて、兄さんのとこに行くか」
「そやな」
と鳴宮と青女房が歩き出した。
その二人の後ろ姿を少し離れた場所から桂男はじっと見つめていた。
「復讐をお願いします!」
と佐伯は闇屋に勢いよく頭を下げた
「まあ、座れ」
と闇屋が言った。
「は、はい」
佐伯は落ち着かない様子でソファに腰を下ろした。
手には先程もらった名刺を握りしめている。
「闇屋……」
と小声で呟いてから佐伯は勧められたソファに座った。
ようやく辿り着いた闇屋の刺青屋には奇妙な雰囲気が漂っていた。
窓際には銀髪で細身の男が立っていたが、驚くほど端正な横顔で気配も感じなかったので最初、佐伯はその男を人形かと思った。
人形かどうかと考えてつい見つめていると、銀髪がさらりと動いて顔がこちらを向き目があった。男の酷く優しい微笑みに佐伯は汗をかいた。
そして闇屋と銀髪の男と自分しかいないこの小さい事務所のはずなのに、何十という何者かの気配が感じられるからだ。周囲から一斉に大勢の者が自分を見つめているような気がする。
「榎本って人に聞いてきました」
と佐伯が言った。
「榎本?」
闇屋が首をかしげてキラリと光る目で佐伯を見たので、
「あ、あの、榎本さんは自分が復讐されてると言ってました。女と赤ん坊に……もう一年も前の事です……」
と慌てて言った。
「ああ、鬼子母神が憑いてたやつやな。自分が復讐されてるのに、あんたにここの事を教えたんか。難儀なやっちゃな」
と闇屋が笑った。
「そうです。恥ずかしながら痴漢えん罪をかけられ、何もかも失って私はホームレスになりました。榎本さんとは公園の便所裏で知り合い、そこで私の話を聞いて理不尽な思いには復讐をしろと」
「なるほど、まあ、榎本の紹介なら疑う余地もないな。何せ自分が的にかけられた方やからなぁ」
闇屋は可笑しそうにケッケッケと笑った。
「方法は聞いたか?」
「刺青がどうとか……」
「そうや。うちには何百と生きてる図柄がいる。その中からあんたの希望をきっちり叶える柄を選んであんたの背中に入れる。ただし、これは苦痛を伴う。それに耐えられんかったらあんたの負けや。復讐なんか出来ん。あんたが痛みに弱い質ならあきらめた方がええ。背中の痛みはあんたの復讐の思いや。強いほど痛い。それが図柄に届いた時にあんたは解放される。あんたの図柄は身体を離れて復讐に赴くやろ。あんたは高見の見物しとったらええだけや。後は全部、そいつがやってくれるからな。ただし」
と闇屋が言った瞬間にワゴンを押して廣瀬が部屋に入ってきた。
「し、失礼します」
震える不器用な手で、佐伯の前にコーヒーカップを置く。
「ど、どうぞ……」
とてもではないが佐伯はそのコーヒーカップを手に取る気にはならなかった。
廣瀬の顔は醜く崩れ、手も足も溶けてくっついたような容姿をしている。
「もしあんたが失敗したら、こいつみたいになるで」
と闇屋が自分の前に廣瀬が置いたコーヒーカップを手にして一口飲んだ。
「え?」
「こいつは素晴らしい失敗作なんや」
「失敗作?」
「そうや、復讐に失敗した者はこんなになるちゅう見本や。痛みに耐えられんかったり、途中で気持ちが終わったら、失敗なんや。呪いは自分に返ってくる。そんだけリスクは高いし金もかかる」
と闇屋が言って笑った。
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