第20話 目々連 10

「あの女を風俗に売り飛ばしたら車でも買うか」

 ふらふらと酔っぱらった斉藤が夜の道を歩いている。  

 部屋に戻ってもみやこが寝転んでいるだけの毎日にいい加減腹が立っていた。

 殴って蹴っても泣きも謝りもせず、にたにたと笑っているだけだ。

 斉藤はみやこを風俗に入れて、その金は自分の懐に入れる算段をしていた。 

 頭は悪いが若くて綺麗だから売れっ子になるに違いない。

 そんな事を考えながら斉藤は歩いていた。

「?」

 急に頬に痛みが走った。

「ん? 虫にでも刺されたか?」

 と自分の頬を触る。

「ぎゃあああああああああああ!」

 触った瞬間に右手の指にもの凄い痛みがあった。

 慌てて手を見ると、右手の指が三本千切れていた。

「……え」

 血が吹き出る。

「痛!!」

 今度は左足太腿だ。バランスを崩して斉藤はその場に転んだ。

 見ると太腿が何かに食いちぎられたようにえぐれている。

「い、いてぇ、いて、」

 背中、腹、足の先、左手首、後頭部、だんだんと斉藤の身体が欠損していく。

 大量に血が流れ、むき出しになった肉、白い骨。

 その傷の間に見える無数の目玉。

 目玉は斉藤の体中に広がって、斉藤の身体を食い荒らした。

 目玉がぶわっと膨れた瞬間にその奥から出現するギザギザの牙。

 それは人間の骨など一噛みで粉砕してしまう程の力。

 どうして自分が死ぬのかさえ理解しないまま、斉藤は死んだ。

 言葉で説明しても、斉藤にはみやこの想いなど通じないだろう。

 斉藤は目々連によって、爪のかけらさえ残されずに死んだ。

 存在さえ無かったように消えた。



「みやちゃん?」

 カフェのバイトの終わる時間、裏口で真理を待ち伏せていたのはみやこだった。

「真理ちゃん……」 

「どうしたの? それ、目、大丈夫なの?」

 みやこは左目に白い眼帯をしている。

 その眼帯の奥には左目の眼球はない。

 刺青の中断による代償として闇屋に奪われた。

 一度受けた彫りは何があっても簡単に解除したり、ターゲットを変更したりしない。

 それが闇屋の厳しい掟だ。

 末っ子はみやこの命と交換と言ったが眼球一つの損失で済んだのは闇屋の温情だった。

「うん、あのね、心配かけたからね、一応、報告。あたし、あの人と別れたから」

「そう! 良かった!!」

「ありがとう、今はね、花屋さんで働いてて」

「そうなんだ」

「それで……あたし、これからちゃんとしようと思ってて……だから真理ちゃんの事を友達だと思っててもいいかなぁ」

 不安そうな顔で言うみやこに真理はにっこりと笑って、

「もちろん、友達だよ。ね、ご飯でも食べに行こうよ!」

 と言った。 



「小鬼はしばらく外出禁止」

 と闇屋に言いつけられた小鬼達と末っ子目玉がガーンとショックを受けている。

「ひどいよー」

「あんまりだー」

「横暴だよー」

 ぴょんぴょんと床で地団駄を踏んでいる。 

「横暴? お前ら、金にもならん客を引っ張ってきやがって! どうせやったら、たんまり財布が膨らんどる奴を探してこいや! ボケナス!」

「金だってさ」

「はいはい、金が大事なんだよ」

「あーあ、世知辛い世の中だ」

 と小鬼達が呟いたので、側で聞いていた颯鬼が笑った。

 外出禁止が解けるまで、末っ子目玉と仲良く遊ぶ小鬼達の姿が見られるようになった。

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