第18話 目々連 8
元々、闇屋の肌に寄生している実体を持たない妖、刺青の柄になるのが生業の図柄達は闇屋が命綱だが、目々連のような古くから生息する実体を持つ妖は闇屋に何の恩も引け目もないのでそう簡単に引き下がらない。
もちろん力比べで言えば、闇屋の方が上である。
闇屋が最強の鬼族である颯鬼にもひけをとらない妖力を持っているのは、目々連にも察知出来る。逆らったら消されるのは確実である。
だが目々連も(末っ子の恩人ですからな)と引かない。
妖には理屈も道理も通用しない。
こう思うからこう行動する、だけだ。
みやこが望むから見せてやりたいだけであって、その結果、藤田が生気を奪われて衰弱死するのはどうでいいのである。
「あのなぁ」
知性も理性も持ち合わせない妖を人間の道理で説得するのは難しい。
もう少し高等な妖もいて理屈が通じる妖も存在するのだが、古来から見つめる事だけに特化してきた目々連には通用しないようだ。
「話にならん」
闇屋が立ち上がって部屋を出て行こうとした時、
「待て」
と颯鬼が言った。
「なんや? まさかお前も刺したれ言うんか?」
「まあ、そういう事だな」
闇屋はじっと颯鬼を見た。
「俺は復讐以外に彫りはやらんぞ」
「だが、あの娘、半年ももたず死ぬぞ」
と颯鬼が言ったので、その場がシーンとなった。
「死ぬ?」
「ああ、失意のままろくでもない男と暮らし続けて、そのうち風俗に落ちる。男の方はその金を吸い上げて薬に手を出す。ある日、薬物中毒になった男に殺される」
「何やそれ」
「あの娘の先を読んだ。半年以内に娘は死ぬ。男に絞め殺されてな」
闇屋はまたソファにどすんと座った。
ソファの肘掛けに肘を置いて頬杖をつき、何かを考えているような顔になった。
しばらく黙ったまま煙草を吸っていたが、短くなった煙草を灰皿に押しつけてから立ち上がった。
「ええやろ。あの娘の眼球に目々連を刺したろ。末っ子、お前があの娘の目に入るんやで」
闇屋がそう言うと、超巨大目玉はほっと息をつきやがて分解した。それぞれにまたぞろぞろと闇屋の左腕に戻っていったが、末っ子目玉だけは床に残って「ピィー」と鳴いた。
闇屋は末っ子目玉を拾い上げてから、
「あかん、お前が連れてきた客や。お前の責任できっちり仕切るんや。俺の刺青術に失敗はない。万が一でも失敗は許さんで」
と言った。
施術場へ通されたみやこは不安そうな顔だった。
古めかしいが整理整頓された部屋だった。
壁一面にいろんな人間の刺青を施した部位の写真が貼ってある。
「見たい人間の顔を思い浮かべてな、しばらく眠ってるうちに終わるから」
「は、はい」
全身刺青が入っていてもの凄く凶悪そうだが、優しい物言いにみやこはほっとした。
不思議な小鬼達に連れられてやってきた不思議な彫り物師の一室。
小鬼達は見てるだけでいいなら、好きなだけ藤田の姿を見ていられる、と言った。
そんな話が本当かどうか、怪しい話だと考える力もみやこには残っていなかった。
それが嘘で結果、自分が死んでしまうならそれも良かった。
仰向けに寝たみやこの頭元に闇屋が小さい香炉を置いた。
途端に流れてくる甘い甘い香り。
目を閉じて、藤田の笑顔を思い浮かべた。
今までも会話を心の中で反芻する。
やがてみやこの意識は真っ黒な世界に沈みこんで行った。
薄いビニール手袋をした闇屋がみやこの左瞼を指で押し上げて開いた。
黒目と白目が小刻みに揺れている。
闇屋は指先でみやこの眼球をそっと触って黒目の部分を移動させた。
白目の部分が大きく露出し、闇屋は細い長い針をみやこの白目に刺した。
細い長い針は注射針である。
その中に満たされているのは、液化した末っ子目玉だ。
少しずつ少しずつ、闇屋は末っ子目玉の身体をみやこの白目の部分に注入する。
注射器の中の液体が全て無くなったころ、みやこの白目部分に小さな目玉が彫り込まれた。
「末っ子、大丈夫か?」
と闇屋が聞くと、白目の中で末っ子目玉がぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「ええやろ」
闇屋が注射針を置くと、ほっとしたような息があちこちから漏れた。
颯鬼を始めとした部屋中の妖がじっと施術を見つめていたのだ。
「末っ子、ええな。物事には限度ってもんがある。そこらへんを見極めてから仕事するんやで?」
と闇屋が言い、みやこの目の中の末っ子がまたぴょんと飛び跳ねた。
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