第17話 目々連 7

 三毛猫又達に連れられて末っ子目玉が戻って来た瞬間にやはり闇屋の左腕は涙、涙の再会でびしょ濡れになった。

「もう連れて帰ってくれへんか、こいつら。俺、風邪ひくわ」

 と闇屋が颯鬼に言ったので、颯鬼がぷっと笑った。

 渡されたタオルで左腕を拭くも、後から後から涙が溢れてきてどうにもならない。

 小鬼達は闇屋の前でもじもじとしている。

「なんや?」 

 お互いがお互いの脇腹あたりをつっついて、お前がお前がと言い合っている。

「何か言いたい事があるんか?」

 小鬼達だけでなく、闇屋の側にいる妖達は闇屋を恐れていた。

 呪力、妖力の大きさの問題もあるが、実体を持たない妖は闇屋の肌の上でしか生きられないからだ。離れてしまえばいずれ消滅すしかないる。

 闇屋に捨てられる事を何よりも恐れている。

 小鬼達は実体を持つ蔵ぼっこという妖であるが、闇屋を怒らせてこの家から追い出さればやはり死活問題だ。蔵ぼっこは家につく妖だが、近代では人間の家に棲み着くのも簡単ではない。遮断されたコンクリートで出来た家、固い蓋の閉じた箱につまった冷やされた食べ物。小さい小さい小鬼達は冷蔵庫も開けられないし、食料調達に鍵のかかった家から出るのも一苦労だ。そして何よりペットの存在。犬、猫、などの大敵がいる。あいつらは面白半分に小鬼達をいたぶって、そして殺す。昔の家のように屋根裏や縁の下の隙間などの逃げ場がない。

 そして蔵ぼっこ同志の縄張り争いがある。闇屋の家を追い出されて、新しい家を見つけても先住人がいれば争う事になる。一家に蔵ぼっこは四、五人が限度だった。

 口答えをしたり夜中に勝手に出歩くなどしてはいても、本当に闇屋を怒らせるような事はしたくない小鬼達だった。

(三毛猫又さーん)

 と小鬼達は三毛猫又を探すが、三毛猫又はすでにお役御免とばかりに姿を消している。

 無断で客取りをした末っ子目玉のとばっちりを受けるのはごめんだった。


「どうも客が来ているようだぞ」

「は?」

 颯鬼の言葉に闇屋は意識を外に向けた。

 家の前に人間の気配が一つある。

「お前らが連れて来たんか? 鳴宮でもあるまいし、客引きなんぞできひんやろ」

 闇屋が小鬼達を見た。

「末っ子が連れて来たんだよー」

「ねー」

 闇屋はすでに定位置に戻っている末っ子目玉を見た。

 きょろっと黒目を動かして、闇屋の肩にいる一番大きな一族の代表目玉に助けを求めるように「ピー」と鳴いた。


 末っ子目玉はみやこの身体に貼り付き、そして彼女の生活の一部始終を見ていた。

 斉藤に殴られ蹴られるのも、頬を染めて藤田を見つめるのも末っ子目玉はまるで自分がみやこの瞳になったように見てきた。

 末っ子目玉が一族の元に戻れば、末っ子の経験は全ての目玉が共有出来る。

 目玉達は闇屋の身体をもぞもぞと移動したと思うと、ぼんっと一つの超巨大目玉になった。

 そして闇屋の身体から抜け出し、ででんっと床に降り立った。

「えーと、それはどういう意味やねん」

(末っ子の罰は罰として後ほど受けさせますが、今はこれをごらんいただきたい)

 と野太い声で超巨大目玉が言った。

 シュボっと超巨大目玉が光った。

 闇屋の事務室の壁に映し出されたのは、末っ子目玉が見たみやこの生活だった。

 斉藤との幸薄い生活とカフェでほんの少し言葉を交わした後は黙って藤田を見つめている。毎日、その生活の繰り返しだった。そして殴る蹴るの暴力を受けたみやこがごめんなさい、と泣いているところで映像は切れた。

 闇屋は頭をかいて、

「そんで? 復讐をしたいって言うてんのか? この娘が」と言った。

 超巨大目玉はぶるんぶるんと目玉を横に振った。

(我らをあの娘に刺してやってください。あの娘が見つめていたかっただけ、というあの青年に少しの間でも会わせてやれましょう)

「わーすごい!」

「喜ぶね!」

「あのお兄さんに会えるんだって」

 と小鬼達が無邪気に喜んでいる。

「あほか! お前ら自分らの力を分かって言ってんのか?」

(あの娘の願いがそれならば叶えてやりたいでしょう。あの娘のおかげで末っ子も無事だったので。末っ子もそれを是非にと望んでおります)

「はー」

 と闇屋はため息をついた。

「あかん」

(見つめていたいと望むのなら叶えてやりたいではないですか)

「そりゃそうやろ。見つめる事だけしか能の無いお前らにはな。確かにお前らに願掛けしたら、望むだけ望む相手を眺めていられる。どんなに遠く離れた場所でもな。けど、お前らが見つめる相手がその後にどうなるか分かってんのやろ? お前らに見つめられるだけで相手は生気を奪われるんや。その結果相手が死ぬとなってもそう願うかどうか、娘に聞いてから口きけや」

 と闇屋は冷たく言い放った。

「その人間がどうなろうが俺はどうでもええけどな、無意味な事に時間をさくんはお断りや。それにお前らを刺すっていう事はその娘の眼球に刺青を刺すってことやで。若い娘が金出してまで眼球に針さされるんを承諾するはずないやろが!! ちょっとは考えろ!! くそぼけどもが!!」

 怒りにまかせて闇屋がそう大きな声で怒鳴った。

 怒りでぶわっと闇屋の妖気が広がった。 

 ひええ、と小鬼達はさっと部屋のすみへ走って逃げて行ってしまった。

 他の妖達はとばっちりが自分に来ないように黙って静観するのみだ。

 怒りのあまりに放り出されたらたまらない。

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