第16話 目々連 6
「え、でも……」
とみやこがもじもじしながら言った場面だった。
目の前の藤田に頬を赤らめているのはみやこ自身も気がついていた。
「そんなに大規模な同窓会じゃないんだ。連絡がつかないやつもいるし、だから、見かけたらなるべく連絡先を聞いて誘うようにしてるんだ。今度の集まり、吉田さんもおいでよ」
「で、でも、あたし、なんかクラスで浮いてたし……」
小学校時代はいじめられ、中学では非行に走っていた自分を思い出してみやこはうつむいた。
「そっかぁ、吉田さんには嫌な思い出しかないかなぁ? まあ、無理にとは言わないけどね、とりあえず、なんかあったら連絡できるように、連絡先聞いてもいい?」
と藤田が自分の携帯電話を取り出したので、みやこも慌ててバッグの中を探した。
「おい!」
と声がしたので藤田がまず振り向いたが、自分の知らない男だったので、またみやこの方へ視線を移した。
「おいっつってんだ!!」
と斉藤がいきなり藤田の胸ぐらをつかんだので、
「何だ!!」
と藤田が言った。
携帯電話の操作に気を取られていたみやこはすぐにそれが斉藤だとは気がつかなかった。藤田の声でようやく顔をあげて、
「丈二君……」
と呟いた。
「何やってんだ? てめえ!!」
と藤田の胸元を締め上げる斉藤に、みやこが慌てて手を出した。
「やめて! やめて! あたしの友達に何するの!」
「はあ? 友達? ふざけんな!! てめえ、最近、チャラチャラしてやがると思ったら、はあ? 浮気か? てめえ」
「ち、違う!! 藤田君は昔の同級生で……」
「うるせえ!」
と斉藤はみやこの腕を取り、強く突き飛ばした。華奢で軽いみやこの身体は簡単によろめいて、大きなゴミ箱に当たって地面に倒れ込んだ。その拍子にゴミ箱が倒れてみやこの身体に生ゴミがどさっと落ちてきた。
藤田に見られた恥ずかしさで真っ赤になったみやこは涙を浮かべた。
「よう兄ちゃん、人の女に手ぇ出して、ただで済むとは思っちゃいないよなぁ?」
下卑た声で言う斉藤に藤田は恐怖というよりも侮蔑のまなざしを向けた。
「吉田さんとは同級生でただ同窓会の連絡送付先を聞いてただけなんですけど」
「うるせえ!」
藤田は困惑した顔でみやこを見た。
みやこは生ゴミをはらいながら立ち上がり、
「本当に藤田君は何でもないから、丈二君やめて」
と言った。
藤田は斉藤の迫力に対して特に怯えるという顔もしなかった。
ただみやこの視線が今までとは違う物になっていく。
藤田に軽蔑されるのは今のみやこには死ぬほどつらく恥ずかしい気持ちだった。
「やめて、やめて、やめて!」
必死でしがみついてくるみやこの頬を力一杯叩いてから、斉藤は藤田の腹に膝蹴りを入れた。藤田がうっと唸って前屈みに身体が折れる。その背中を思い切り肘で打ち下ろし藤田が地面に倒れ込んだ。
斉藤は倒れた藤田のジャケットのセカンドバッグを探って財布を取り出すと中の札だけを抜いた。
「五万か、しけてんな。まあ、いい」
「藤田君、ご、ごめん。大丈夫?」
みやこは慌てて藤田のそばに走り寄ったが、藤田は嫌そうに顔を背けた。
斉藤は藤田の顔に財布を投げつけておいてから泣いているみやこの腕をつかんで引きずったまま歩き出した。
三毛猫又と小鬼達は一部始終をそばで見ていた。
(クズにもほどがあるな……)
と呆れたように三毛猫又が言い、背中の小鬼達もうんうんとうなずいている、
泣きじゃくっているみやこを連れた斉藤はそのまま近くの古いアパートの階段を上り始めた。
三毛猫又達もそのままそっと二人の後からついていく。
アパートの一室に入った途端、斉藤はみやこの顔面を思いきり殴った。
「てめえ! ふざけてんじゃねえぞ!」
鼻血が出て、みやこの顔は真っ赤になった。
「ひどい! ひどいよ! あんまりだ!」
みやこはもう一度斉藤に殴られ、部屋の隅に吹っ飛んだ。
ゴミをためたポリ袋の上に勢いよく倒れ込んで、破れたポリ袋の中からハエがわーんと飛び立ち、隅っこに隠れていたゴキブリがカサカサカサと四方に走り逃げて行った。
斉藤は倒れたみやこの腹を力いっぱい踏んで、さらにみやこの長い髪の毛を掴んだ。
「お前、明日から風俗な。女は穴があったら稼げるからいいよなぁ」
へっへっへと笑いながら、掴んだ髪の毛を持ち上げる。
次いでみやこの身体も引っ張られて起き上がる。
みやこの腫れた顔に何往復も平手を叩きつけ、
「お前が悪いんだぞ? 浮気するから。そう思うだろ?」
と言った。
「ち、違う、そんなんじゃない……」
「うるせえ!!」
斉藤はみやこの身体を振り回し、みやこはまた汚い床の上に倒れこんだ。
そのまま小さくなる丸く固まるみやこの身体を何度も蹴る。
みやこが自分の身を守ろうと腕を回せば空いた箇所を蹴る。
腹が空けば腹を蹴り、背中が空けば背中を蹴る。顔が空けば顔を蹴る。
鼻血が出ようが、胃液を吐き出そうが、斉藤は自分の気がすむまでみやこの身体を蹴り続けた。
(ふじたくん……ごめんなさい……ごめんなさい……)
みやこの中は身体の痛みよりも藤田への罪悪感でいっぱいだった。
目々連の末っ子目玉は怖くて怖くて、みやこの髪の毛の中でぎゅっと身体を縮めていた。
(なにこのにんげん……こわい……こわい……)
嵐のような斉藤の暴力がおさまったのは深夜だった。
みやこは気を失ってしまったし、斉藤も疲れてしまったのだろう。
まだ文句を言いながらも藤田から巻き上げた金を見てにやにやしながら部屋を出て行った。
(やれやれ、やっと収まったか)
と聞いたような声が末っ子の耳に届いた。
みやこの髪の毛の中からそっと当たりを伺うと。
「ピギャー!!」
「あ、末っ子? やっぱりここだったね」
小鬼達はさっそくみやこから溢れ出た酷く悲しい感情をつまみ食いしている。
末っ子目玉を探しにきたはずなのに、みやこの深くなった悲しみや絶望のごちそうに飛びついている。
(末っ子、兄さん言いつけで探しにきたぞ。帰ろう。目々連の連中も心配しているぞ)
三毛猫又の言葉に末っ子目玉は嬉しそうにぴょんぴょんと飛び上がった。
「末っ子が帰らないから、俺たち怒られたよー」
「お腹いっぱい食べたら帰ろうね」
「ん? なに?」
目々連は人語を発しないが、意思の疎通は可能である。
末っ子目玉は今まで見てきたみやこの悲惨な境遇を三毛猫又や小鬼達に訴えた。
(まあ、かわいそうだが、これはこの人間の自業自得というものだ)
と三毛猫又が言うと、末っ子目玉は怒ったふうに飛び跳ねた。
日頃から殴る蹴るの暴行をくわえられたみやこの身体に貼り付いていた末っ子目玉はすっかりみやこに同情的というか、暴力的な斉藤が許せないようだ。
「えー、じゃあ聞いてみようか?」
面倒臭そうに一匹の小鬼がみやこの頭元に立った。
「復讐したいなら闇屋のあにさんだよー」
その横で笛を吹く小鬼、バチを取り出してトントンとそこらの物を叩く小鬼。
リズムに合わせて歌い出す小鬼達。
不思議な音色に誘われて夢うつつの中にみやこの意識がふっと蘇った。
「復讐したいならあにさんに頼めばいいよ」
みやこは頭をかすかに振って、
「……復讐なんか……藤田君、ごめんなさい……ただ、見てるだけでよかったの、それだけなの……ごめんなさい……」
と呟いた。
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