第15話 目々連 5
「そんで?」
と闇屋が言った。
目の前には小鬼が五匹、正座させられている。
闇屋の左腕の目々連が肌から飛び出さんほどに膨れあがってぼこぼことなっている。
全ての目玉の視線は目の前でうなだれている小鬼達に集中して、そして怒っている。
颯鬼がやってきて酒盛りした夜から末っ子目玉が行方不明だった。
闇屋にしても目々連にしても末っ子目玉に対して監督不行き届きな所もあるが、最後の目撃者の小鬼達が「知らない部屋に置いてきた」と正直に言ってしまったので、皆の怒りが小鬼達に向かってしまった。
目々連の目玉の中には泣いている目玉もあるし、まっ赤に充血している目玉もある。
「知らないー。ついてきちゃ駄目って言ったよ」
小鬼達は精一杯の抵抗で言い返すが、何の解決にもならない。
「目々連、末っ子の行方は追えないのか?」
と颯鬼が言った。
目玉は一斉に左右に黒目を振った。
「駄目か……離れた場所にいるのか。それとも喰われてしまったかな」
「ピギューーー!」
一番大きな目玉が怒った様な音を立てた。
「仕方あるまい。末っ子なんぞたいして腹の足しになるとも思えんが、犬や猫なら一口だろうしな」
(早くみつけへんと、消滅してしまうかもしれまへんなぁ)
(犬、猫、ネズミに見つかったら……)
(末っ子でも妖や、ちょっとでも栄養にしたろ思う妖はおるはずやしなぁ)
と闇屋の背中から抜け出した図柄達も問題を口にする。
「蔵ぼっこ」
と闇屋が言った。
「はーい」
「末っ子を置いてきた人間の部屋は覚えてるか? そこへ行って末っ子を回収してこい」
と言いつけた。
「えー」
と不服そうな声を上げる小鬼達だが、目々連に一斉に睨まれてまた下を向く。
「見つけるまで戻ってくるな」
と闇屋が冷たい声で言いつけたので、小鬼たちはすごすごと重い足取りで部屋を出て行った。
「誰ぞ、蔵ぼっこついて行ってくれや」
と闇屋が部屋の中に広がっている面々に言った。
「あいつらたぶんもう目的を忘れてるぞ。三歩歩いたら忘れる体質やからな。すぐに食い物に寄って行って、自分が何しに来たか頭から抜けるからな」
闇屋は腕組みをして部屋の中を見渡した。
「とは言ってもな、あんまり妙なんが外をうろうろするのもなぁ」
おかしな具合になってきたぞ、と図柄達は闇屋と視線が合わないようにそれぞれ外を向いたり、下を向いたりした。面倒くさい仕事を言いつかりそうだぞ、と誰もがしり込みする。
人間を呪い殺すような楽しい仕事ならともかく小鬼のお守りなどごめんだ、という顔だ。
その中で(にゃーお)と一声、張りのある声が足元から聞こえてきたので闇屋は下を見た。
「猫又か。そうやな、お前なら人間界も慣れてるし、うろうろしとっても怪しまれへん」
闇屋はたくさんの刺青を施したその腕に三毛猫の猫又を抱き上げた。
この三毛猫、齢百年を重ねる猫又でそれなりに人間界にも詳しい。
つやつやした三色の毛は長毛種でフワフワしており優雅で美しい。。
さらに実体を持っていないとはいえ、現在でも人間界では野良猫たちや野良猫又たちをも従える勢いのある非常に賢い猫又だ。
(任せろよ、あにさん)
ゴロゴロと喉をならして猫又がそう言うと、闇屋は目を細めて猫又の喉を撫でてやった。「ええ子やな。任せたで、猫又」
(にゃーん)と鳴いて猫又があにさんの腕から飛び降りた。
(あにさんの役にたつのが我々の務め、だからな)
しり込みをしている周囲の面々を見渡して、ふんっとふさふさとした尻尾をふりふり小鬼を追って部屋を出て行った。
小鬼達はぶつぶつと文句を言いながら歩いていた。
末っ子目玉の回収を言いつかったが、面倒くさい事はやりたくない。
置き去りになった末っ子目玉の気持ちなぞ思いやるほどの知性はなく、自分の腹を満たす事しか興味がなかった。
(シャーーーーーー)
と背後から恐ろしい獣の咆吼が聞こえてきて、小鬼達はその小さな身がすくんだ。
猫と思われるその威嚇の声は小鬼達の死を意味する。
猫や犬、ドブネズミなどは小鬼達の天敵だった。
一口で喰われるならまだしも、鋭い爪にひっかけられ身が裂けてぼろぼろになるまでおもちゃにされた仲間を見た事があるからだ。
恐る恐る後ろを振り返ると、
「あ、三毛猫さん」
「うわあ、驚いたよ-」
小鬼達は見知った猫又の姿を見てほっと胸をなで下ろした。
(ちゃっちゃと歩け。日が暮れてしまうだろ)
「だって」
「ねえ」
何か興味を引く物があれば、こっちへふらふら、そっちへよろよろと歩く。
(しょうがねえな、乗りな)
「うわーい」
きゃっきゃと五匹の小鬼が三毛猫又のふわふわの背中に飛び乗った。
(ちゃんと道を覚えてるのかよ)
「うん、あっちあっち」
「ちがうよ、こっちこっち」
張り切って乗ったはいいが行き先が定まらず、三毛猫又の背中で喧嘩をし出す始末。
(おいおい、覚えてないのかよ? お前らの足だからそんなに遠くまでは行けないだろ。隙間から忍び込んで行けるようなぼろいアパートだろうな?)
「うん!」
「そう!」
三毛猫又は優雅に歩を進めながら駅前まで歩いた。
猫にしては大型で長毛の美しい三毛の毛皮は人目を引く。
連れて帰ってやろうとよからぬ下心で三毛猫又にちちちと声をかけてくる人間もいたが、賢い三毛猫又はそれらを無視して歩いた。
(その時に引き寄せられたごちそうってのは今夜は匂わないか? お前らが引き寄せられるほどの悲しみだ、そうそう解決しないだろう。同じように今夜も悲しんでいるかもな。アンテナを張って……)
頭の上できゃっきゃと騒ぐ小鬼達にそう言い聞かせながら、三毛猫又はゆっくりと繁華街の通りを歩いた。
繁華街は憎悪や快楽の感情が犇めいている。
通りを一つ入ると老朽化したアパートが建ち並んでいるので、そのうちのどれかだろうなと三毛猫又は自らも小鬼達の好みそうな人間の負の感情を探して歩いた。
「猫又さん、あの子……」
と小鬼の一匹が指さしたので、三毛猫又は歩を止めた。
(おやぁ? 悲しいなんて感情は全然感じられねえじゃねえか。むしろ嬉しいオーラがいっぱいだぜ)
と三毛猫又が言った。
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