あの女はパクリだ
やまなしレイ
初恋のことを思い出すと、今でもモヤモヤしてしまう。
小学5年生の遠足の時だったと思う。
どこかの山に登り、昼ゴハンは自由なグループで集まって食べてイイという時間だった。ぼくは当時の親友だったYと、5年生から同じクラスになって仲良くなったO、Mの4人で食べるつもりだったのだけど、そこに隣のクラスのAが混じって5人になっていた。
今思うと、Aは5年生になってからのクラスになじめていなかったのだろう。いっしょに昼ゴハンを食べる友達がいなくて、去年まで同じクラスだったOやMのいるこのグループに混じっていたのだと思う。
ぼくはAのことをほとんど知らなかったし、恐らく彼は虚勢を張っていたのだろう、人を小馬鹿にするようなAの態度がうっとうしかった。
「じゃあ、順番に好きな女子の名前を言っていこうぜ。」
だから、Aがそんなことを言い出した時は、心底イヤだった。
小学生の男子なんて「女子となんか仲良くできるかよー」って態度なやつがほとんどだ。そんな中で「女子をそういう対象として見ているぜ」と、背伸びした話をしようとしているAがイヤで、早くこの時間が終わらないかなと思った。
「オレは七瀬さんだ。」
最初に名前を言ったのは、Oだった。
七瀬さんはウチのクラスの女子で、キレイな髪と、オシャレな服と、品のある笑い方をするかわいいコだった。クラスの男子のほとんどは彼女のことが好きだったんじゃないかと思うし、ぼくも彼女を遠くから見て「キレイだな」と内心思っていた。
「オレも七瀬さん、イイと思ってたんだ。」
「ぼくも。」
「そうそう、みんな七瀬さんのこと好きだよね。」
Oに引き続き、ぼくも、Yも、Mも、ウチのクラスの男子はみんな七瀬さんが好きだと言った。そして、4人で七瀬さんのどこがイイかという話で盛り上がった―――それがAには面白くなかったのだろう。吐き捨てるように、彼は言った。
「でも、あの女、ただのパクリじゃん」
しばらく、何を言われたのかよく分からなかった。
“パクリ” とは……?
「2コ上にいる古賀さんって女の人のパクリなんだよ、知らなかった?」
そう言われても、初めて聞く名前だった。ぼくだけでなく、YもOもMも初耳だったみたいだ。
古賀さんは現在は中学1年生の女子で、髪型も服装もしゃべり方も笑い方も、今の七瀬さんにそっくりだったそうだ。いや、A曰く、七瀬さんが古賀さんを丸パクリしているだけとのことだ。
「あんなパクリ女が一番人気だなんて、オマエらのクラスもレベルが低いなー」
今思えば、Aは「七瀬さん」の話題で盛り上がるぼくら4人が腹立たしかったのだろう。だから、軽い気持ちで「七瀬さん」をくさしただけだったのだろう。
だけど、途端に「七瀬さん」が―――
あんなに好きだった「七瀬さん」の底が見えてしまったようで、下らない人間に思えてしまった。
OもMもそうだったのか、その昼ゴハンの場は寒々しい空気になってしまった。しかし、Yだけはそうではなかったみたいで、遠足の帰り道に「パクリだって別にイイじゃないか。実際に七瀬さんはかわいいんだし。」と、ぼくだけに言ってきた。ぼくも「それもそうだな」と思った。
ぼくとYは、2人だけでも「七瀬さん」を好きでいようと誓い合った。
◇
しかし、あの遠足の後からクラスの雰囲気は変わってしまった。
OやM以外にも「七瀬さんはパクリ女だ」と聞いた男子がたくさんいたみたいで、中には「友達の先輩から古賀さんの写真を見せてもらったが、本当に七瀬さんとそっくりだった」と言っているやつもいた。
クラスのアイドルだった「七瀬さん」だけど、それ以降は男子から冷たくされることも多くなった。
それでも男子の間で言われているだけなら良かったのだが、男子の一人が「オマエなんてパクリ女じゃねえか」と本人に言ってしまったことがあった。「七瀬さん」は泣き出してしまい、緊急の学級会になって男子みんなで謝らされたのだが……後で男子だけで集まったときに「やっぱりパクリだったんだな」と、みんなが言っていた。ぼくも「そうだったのか」とショックを受けた。
だが、Yだけは別のことを思っていたみたいだった―――
数週間後、Yはクラスの男子と、事の発端であるAを集めた。
そこでYが語ったのは「七瀬さんがパクリ女だ、と最初に言い始めたのは誰か」だった。要は、Aを吊るし上げる男子だけの裁判を始めたのだ。
Aは「そんなのみんな言っている」「ウチのクラスの男子はみんな知っていた」と言った。
「そこだよ。つまり、キミは自分で考えて七瀬さんがパクリだと言ったワケじゃないんだね? それって、キミ自身も周りのパクリだってことじゃないのかい。」
そうか、本当のパクリは七瀬さんじゃなくてAじゃないか!
クラスの男子は、OやMも一緒になって全員でAを糾弾した。オマエこそがパクリじゃないか!と。非難の対象はすっかり、七瀬さんからAに移った。Aは「ホント、オマエらのクラスはレベルが低い、やってられねえ」と吐き捨てて出ていった。
Yは残ったクラスの男子に言う。
「Aなんかの言うことは信用しないで、オレらはオレらの意志で七瀬さんを好きでいようぜ!」
うおーっ!!と盛り上がる男子達。
ぼくも「その通りだ」と思った。ぼく自身の意志で七瀬さんを好きでいようと思った。
◇
月日が経って、ぼく達は中学生になった。
地元の公立中学に進んだぼくは、2コ上の古賀さんを初めて見た。七瀬さんとは似ても似つかない人で、「あぁ、やっぱりAはテキトーなことを言っていたんだな」と思った。
だけど、Aは別の中学に進んだみたいで、YともOともMともクラスが別になってしまったのでそれについて話すこともなかった。その頃にはもう別の女子のことを好きになっていたので、七瀬さんのこともどうでもよくなってしまっていた。
そもそも
ぼくは七瀬さんのことが 本 当 に 好 き だ っ た のだろうか?
あの女はパクリだ やまなしレイ @yamanashirei
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