第23話 野分の日 5

「弓、弓!」

「あっ」


若葉さんに名前を呼ばれ、我に返る。

一瞬、思考がどこかへ行ってしまっていた。


「行くぞ。指揮を執る人間がしっかりしないでどうする」

そうだ、おじさんが他の任務でいない今、現場の指揮を一任されているのは僕だ。


僕は気を引き締めるように頬を両手で叩く。

水を含んで重たくまとわりつく粘土のような地面を、力強く蹴るように走り出した。


「うっ」

数メートル走っただけで、頭痛がする。

頭の後頭部が締め付けられるように痛い。


「弓、ちょっと止まれ」

「え?」

僕の後ろを走っていた若葉さんに声をかけられ、足を止める。


「よっ、と」

「うわわわっ」

俵でも担ぐように、若葉さんは僕を担ぎ上げた。

若葉さんの後ろを走っていた百合之丞さんと、目が合う。

驚く僕とは対照的に、百合之丞さんはやれやれ、とばかりに眉をさげるだけだった。


「しゃべるなよ、舌噛むぞ」

僕は咄嗟に口を閉じて、両手で覆う。


若葉さんは僕が口を閉じると同時に、一気に加速した。

景色の流れる速度が、電車と同じくらいのスピードだ。

百合之丞さんも、その速さに平然とついてくる。


任務で着用する服は、撥水加工がある程度されている。だが、この大雨ではそれも大した効果を発揮できない。


次第に布が重みを増して、体にはりつく。

けれど、若葉さんは屁とも思っていないのか、変わらず風のように走り抜けた。


これが、半妖の力なのか。




「風間、屈め!」

「うおっ!?」


若葉さんが屈むと、僕の頭の上スレスレを銃弾が通過する。

バチュン、と鈍い音がして、妖の絶叫が聞こえた。


「注意しろ。もうアイツの攻撃範囲内だ」

吹美実さんは手に持った銃に、弾を装填しながら言う。


「クソ、まどろっこしい」

吹美実さんの後ろを走っていた多々良くんが、懐から札を取り出す。


彼はキョンシーのように額に札を付けると、袖をまくり上げてインナーの上から両肘に貼り付ける。

もう二枚懐から取り出し、走りながら両膝より少し上に貼り付けた。


彼の着物の丈が短く、タイツの上に履いているズボンも短いのは、そのためだったのか。

僕が得心しているうちに、多々良くんは凄まじいスピードで加速する。


「ちょ、多々良くん!」

振り返ると、もう彼の姿は小さくなっていた。


「敵の力量がわからないうちは、単独行動は危険だよ!」

「うるさい!」

怒号が聞こえた頃には、もう多々良くんの姿は見えない。


「若葉さん!」

「わかってる。ちょっと揺れるぞ」

若葉さんはさらに強く地面を蹴り、スピードを上げる。


ガクンガクンと体が揺れて、ちょっと酔ってしまいそうだけど、そんなことも言ってられない。

痛むコメカミを抑えながら、多々良くんと妖の後を追った。

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