第24話 野分の日 6
多々良くんに追いついたのは、この前妖を取り逃がした例の元貯水湖だった。
多々良くんだけじゃなく、妖もそこで奇声を上げている。
送電塔ほどの大きさがありそうな妖を見上げ、僕は思わず息を呑んだ。
これだけ大きいと、祓札で祓い切れるか心配だ。
『この祓札は、霊力を削ることができるものだ。妖の場合は、霊力はゲームで言うところのHPと考えるとわかりやすいかな』
おじさんが、居間の畳の上に祓札を置いて話す。
『例えば弓の霊力が五十だとしよう。そして妖の霊力は三十。この場合は、弓の霊力を込めた祓札で祓うことができる。ただ』
おじさんは懐から祓札をもう一枚、横に並べた。
『妖の霊力が百の場合は、弓の霊力では祓札一枚では祓えない。祓札をもう一度貼る必要がある』
『一度に二枚貼ったら、百にならないんですか?』
『ならない』
おじさんはピシャリと否定する。
『二枚貼った場合、一枚につき霊力が二十五ずつになる。ようするに、一枚の祓札に付与される霊力が五十なのではなくて、一度の祓札行使で五十なんだ』
見たところ、この妖は僕の祓札一枚では倒せそうにない。
多々良くんにも一緒に貼ってもらえたら変わるかもしれないが、彼が協力してくれるとは思えない。
何より、僕としては妖の玉の色を確認したい。
祓札で全て散り散りになってしまっては、弔の仕業かどうかわからなくなる危険性もある。
けれど、そのために誰かが負傷するのは嫌だ。
「弓、どうする」
「ひとまず、若葉さんと百合之丞さんは多々良くんに続いて、妖へ攻撃を。下山はされないように、まず脚を中心にお願いします。玉の色を確認したいですが、一応隙をみて祓札は貼ります」
若葉さんと百合之丞さんは頷くと、暴れる妖へ臆することなく向かっていく。
「吹美実さんは、三人のサポートを」
「承知した」
僕は祓札を握りしめ、妖の様子を窺う。
誰かが怪我しそうになったら、祓札で大部分を吹き飛ばしてしまおう。
玉の色が最悪確認できなくても、そこは仕方がない。
息を一度深く吸って、吐く。
初めて対峙する大型の妖に、僕はどうしようもなく緊張しているらしい。
大雨のせいなのか、手汗のせいなのか、祓札はヨレてしまった。
まずは、保険として祓札を貼っておかなくては。
鞭のように地面を叩きつける妖の腕から距離を取りながら、隙を見つけようと周囲を走る。
大雨のせいで地面に足をとられる分、余計な体力を使う。
この家に来てから稽古をつけてもらったりして、体力はついたとは思うけれど、当然ながら
それでも、走らなくては。
「多々良くん!」
多々良くんは一度僕を見ると、鬱陶しそうにしながら「何だ!」と叫ぶ。
「この妖の玉は、どこにあるかわかる!?」
彼はこれ見よがしに舌打ちをすると、妖の脚の近くから離脱して、僕のそばまでやって来る。
「人に物を頼む態度かよ」
「今そんなこと言ってる場合じゃ……」
多々良くんの目は変わらない。
本心から、僕に従うようなことはしたくないのだろう。
僕だって、正直多々良くんに懇願するようなことを言うのは、ちょっと屈辱だ。
けど、事実彼の方が陰陽師のキャリアは長い。
しかも、今までの任務の様子を見るに、彼は迷いなく玉を一発で取り出している。
妖の玉について、何らかの能力があるのは間違いない。
「っ、妖の玉がどこにあるのか、教えてください」
多々良くんはまだ、どこか不満そうに眉間に縦じわをしっかり刻んでいたが、ため息をついて渋々といったふうに指をさす。
「あそこだ。頭のてっぺん。コイツの場合は、人で当てはめたら脳みその位置にある」
「そっか、ありがとう」
フン、と荒い鼻息を残して、多々良くんは再び妖の方へ向かう。
僕は再び妖から距離を取りつつ、考える。
玉の位置は把握出来た。
そこを避けて祓札を貼れば、致命傷を負わせることができる。
致命傷ならば、すぐには絶命しない。
玉を取り出し、色を確認することは可能なはずだ。
「弓様!」
百合之丞さんに、名前を呼ばれる。
声の聞こえる方に視線をやれば、ちょうど彼の薙刀が妖の脚の付け根を一刀両断していた。
「貼るなら今です!」
百合之丞さんは落下しながら叫ぶ。
片脚を失った妖は、バランスを崩して地面に倒れ込んだ。
僕は全力で走り、祓札を妖の腹の辺りに貼り付ける。
───もらった!
「『八百万の神々よ、屠る妖受け容れ給へ』」
息継ぎなしで、一息に言い切る。
ここでまた、逃すわけにはいかない。
この強さで街に逃げられたら、大変なことになる。
喉が張り裂けそうなほど、息を吸い込んで爆発させるように僕は叫んだ。
「『祓』!」
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