第22話 野分の日 4

家に帰ると、バタバタと忙しない足音があちこちから聞こえた。


「二人とも帰ってきて早々すまないが、緊急で出てくれ」

「えっ」

おじさんは祓札を僕の胸に押し付けると、すぐに部屋に引っ込んでしまう。


「あっ、おかえり」

完全に武装した吹美実さんが、呆然としているだけの僕の前を通る。

「吹美実さん、緊急って……」

「この前に逃した妖だ」


ドッ、と冷や汗が吹き出す。

暑いのに、身体の表面がみるみる冷えていく感覚になった。


「どうやら霊力を増して再び出てきたらしい。結界を破って、人里に下りたら危険だな」

「おい、吹美実!」

同じく武装して、すぐにでも出られるように準備した若葉さんが廊下をバタバタと走ってくる。


「今近くの神社から連絡があった。結界を張り直したけど、二時間が限界らしい!」


後頭部が殴られたような気持ちになる。

あの時、僕がしっかりしていれば、こんな事には出なかったのに。


「急いで支度します!」

僕は靴を脱いで、自室へ向かった。




すさまじい豪雨だ。

家を出た瞬間、一気に水が襲いかかってくる。


傘をさしているけれど、どれほど効果があるかは疑問だ。

正直足はベトベトになっている。

車庫に雨から逃れるように入り、傘を閉じると勢いよく水が流れ落ちた。


車庫には、家の車と見慣れない車二台が並んでいる。

見慣れない車の方は、恐らく陰陽師の組織から貸し出されたものだろう。

「すまないが、予定していた妖退治があって同行できない。気をつけて行っておいで」


おじさんはそう言いながら、十五さんと共にバタバタと家の車に乗り込むと、運転手の人に何やら指示を出していた。

車は勢いよく飛び出すと、景色を真っ白に染め上げる雨に紛れて消えていった。


「私たちも急ぎますよ」

僕らも薙刀や槍を荷台に押し込み、準備をする。

運転席に百合之丞さん、助手席に若葉さん、後部座席に僕と多々良くんと吹美実さんと、定員ギリギリまで乗り込む。


豪雨の中、車は勢いよく車庫を飛び出した。

雨粒が容赦なく車の窓を打ち付けるが、百合之丞さんは気にすることもなく道路を疾走する。


二時間というタイムリミットに、全員がどこか焦っていた。






「鳳様!」

例の貯水湖のある山の麓に車を止めると、神主らしき格好をした人が走ってきた。


「お待たせいたしました。今の状況は」

「結界はまだ破られていませんが、今すぐ破られてもおかしくはありません」

百合之丞さんは「なるほど」と頷くと、すぐに山の方を確認する。


「弓様、あれ見えますか」

百合之丞さんが指をさす。


「あれが、この前の妖?」

小さい頃に絵本で見た、ダイダラボッチを思い出した。


山の木々の間から、この前の妖の頭が見えていた。

「巨大化してる……」


前と同じだ。

僕の初陣ともいえる任務の時も、一度祓ったはずの妖が巨大化していた。


今回の妖は祓っていないけれど、巨大化したという点は無視できない共通点だ。


まさか───


「弔…………」









「弔様、こんな雨の時にやらなくてもよろしかったのでは?」

童は、窓の外を眺めながら呟いた。


丸い窓の向こうは、豪雨で一メートル先も見通せそうにない。

風が唸る度に、雨は激しく地面をえぐり続けた。


「仕方ないだろう?予定していた日に嵐が来ちゃったんだから」

弔は膝の上の猫を撫でながら、やれやれ、と肩をすくめる。


「案外私は雨男なのかもね」

弔は少し困ったように笑った。

目を伏せると、長いまつ毛が影をつくる。


「ただ、あの場所はここの雨の比じゃないよ」

猫が撫でられるのに飽きたように、広い畳に向かって走っていった。


「あの妖は、貯水湖にいて身体が乾いているから、一見すれば干ばつへの恐怖が産んだ妖だと思うだろう。けれど違う。あれは本当は、豪雨への恐怖が妖に成ったものだ」


猫は首輪の鈴を鳴らしながら、窓の外をながめる。


「さぁ弓、どうするかな?」

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