第21話 野分の日 3

外は、ひどい雨だった。

教室の窓ガラスを、雨粒が銃弾のような音を立てて濡らしている。


「弓、これたぶん午後は休みだよ」

同じクラスの聡くんが、嬉しそうに笑った。


九月末といえども、まだ台風はやってくる。

とはいえ、ここまで強烈なやつだとは予想していなかったらしい。

みんな大慌てで台風対策を始めたようだった。


「はーい、席ついて」

みんなの期待の眼差しを一身に受けながら、担任の先生が教室に入ってくる。

「午後からの授業はなし。各自下校ね。以前提出してもらった、災害時アンケートに則って、保護者の方が迎えに来る人は、大人しく待っていること」


わっ、と全員がはしゃぐ。

行動が先に進みすぎた子は、もうリュックを背負って教室を飛び出して行った。


「じゃあな、弓!俺帰ってゲームやるわ!」

彼もリュックを背負いきらないうちに、駆け出していく。

僕は無邪気な彼を羨ましく思いつつ、雨で白く染る外の景色を眺めた。


九月の半ばに、簡単な任務を失敗した。

もともと時間がかかったり、無駄が多かったりはしたけれど、失敗は始めてだ。


イスの前部分の脚を浮かせて、ふわふわと擬似的な浮遊感に身を任せる。

あれから多々良くんは今までに増してピリピリするようになった。


やっぱり僕は、次期当主の器じゃないのかな。


真っ暗な空を眺めながら、深いため息をついた。





学校の前に見覚えのある車が止まった。

僕は慌ててリュックを背負って、昇降口へ向かう。

校舎から出た瞬間、凄まじい音をたてて雨粒が傘に叩きつけられた。


「わざわざ車出してもらってすみません」

「いえ、こんな雨ですし」

百合之丞さんが車のドアをあけてくれたから、僕は滑り込むように急いで乗り込む。


百合之丞さんは運転席に座ると、すぐにアクセルを踏んだ。

「このまま、多々良様も迎えに行きますけど……その、大丈夫ですか?」


ミラー越しに、百合之丞さんの心配そうな目が僕を見ていた。

「全然、大丈夫です」

大丈夫ではない。


憎々しげに僕のことを見る多々良くんの視線に気がつかないほど、僕は鈍感じゃない。

けれど、歩み寄ることは限界だった。


向こうが異常なまでに嫌っているのが現状で、距離をつめることすら困難。

僕の小さなため息は、雨音と車の走行音に消えた。




十分にも満たないうちに、校舎が見えてきた。

この台風で壊れてしまいそうな、少し古い校舎だった。


多々良くんは校門で、傘もささずに立っていた。

「多々良様!びしょ濡れじゃないですか」

多々良くんは傘を差し出す百合之丞さんを煩わしそうに見ると、「平気だ」と言って車に乗り込む。


後部座席に僕がいるのに気がつくと、彼は露骨に不愉快そうな顔をした。

「風邪ひくよ。これ、タオル」

「必要ない」


君が必要じゃなくても、車のシートが濡れるじゃないか、とは言えなかった。

明らかにトゲトゲしい雰囲気なのに、どこか苦しげだ。


何か言葉をかけるのもはばかられるような、息苦しい帰り道。

僕はもう一度、ため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る