第20話 野分の日 2
土ぼこりの臭いがした。
僕はその異常なまでに強い臭いに眉をひそめつつ、妖を観察する。
大きくはない。二メートルくらいだ。
電柱のような細長い身体の表面を、ひび割れた土が覆っている。
人のように頭と四肢があるけれど、本来目がある場所には空虚な空洞があるだけだった。
「こういう妖、夏によくでるけど、もうこいつが今年最後かな」
若葉さんは退屈そうに大きなあくびをする。
肩を鳴らして、退屈そうな半目で妖をぼんやりと見ていた。
九月の半ば。
僕と若葉さん、多々良くんと吹美実さんと十五さんの五人で、任務に来ていた。
今は使われなくなった農業用の貯水湖近くに現れた、超低級の妖退治だ。
ところどころ水が貯まっていて足場は悪いが、拓けていて戦いやすい。
おじさんいわく、チームで連携を取れるようにするための練習で、本来ならば僕ら陰陽師の管轄ではなく、近くの神社かお寺の人が祓いに来るレベルらしい。
「気を抜くな風間。お前の悪い癖の一つだぞ」
「あー、悪ぃ悪ぃ」
吹美実さんが注意する。
けれども、彼もどこか退屈そうにしていた。
普段はもっと霊力のある妖を相手にしている二人からしたら、たしかにあくびの出るような任務なのかも。
そんなことを考えていると、妖が放っておくなと言わんばかりに、細いムチのような腕をしならせて、地面に叩きつける。
若葉さんは距離を取りながら、少し離れたところにいる僕に向かって叫ぶ。
「弓、どうする」
「祓札を貼ります。ただ腕の可動域が広いのが気になるので、落としてください」
彼は「了解」と頷くと、大太刀片手に颯爽と走り出す。
「指揮が的確になったね。残りのメンバーはどうすればいい?」
僕の横で、抜刀しながら十五さんがつぶやいた。
「十五さんは若葉さんの援護、吹美実さんは目標が逃げないように威嚇射撃をお願いします。多々良くんも祓札を準備して、隙があれば」
「うるさい!忌み
多々良くんは僕の指示を遮るように叫ぶと、水飛沫一つ上げることなく、ぬかるんだ地面を軽やかに走り出す。
「っ、僕が今日は総指揮をとるように言われてます!」
「そんなもん知るか!」
彼はお決まりのお札だらけの姿で、妖の背後に回る。
「『穿』!」
そう叫ぶと、お札を挟んだ両手からレーザーのような赤い光が飛び出す。
「うわっ、危ねぇ!」
それは妖を貫通して、若葉さんの頭上ギリギリをかすめた。
「バカ!当たったらどうすんだ」
「ぼさっとそんなところにいるのが悪い!とっとと身体を斬れ!」
「腕斬ったら退散して、祓札貼って祓うんだよ!」
多々良くんは若葉さんの方を向いて、耳に指を入れて「うるさい」アピールをする。
「舐め腐りやがって」
若葉さんは吐き捨てるようにつぶやくと、大太刀を振り回すようにして妖の腕を斬り落とす。
妖の腕は宙を舞って、多々良くんのすぐ近くに落下した。
「危ないだろ!当たったらどうするつもりだ!」
「うるせぇな。ぼさっとそこにいるのが悪いんだろ〜?」
多々良くんは懐からお札を取り出すと、再び攻撃を繰り出す。
今度は明らかに妖ではなく若葉さんに。
「やりやがったな!このクソガキ!」
「フン」
十五さんが、僕の方まで慌てて戻ってくる。
彼が何を言いたいのかは、聞くまでもなくわかった。
「ちょ、ちょっと二人とも!落ち着いてください!」
「悪いが下がってろ弓。生意気なガキに、社会を教えてやらなきゃならん」
「あ?ミジンコ並の脳みそで、僕に何を教えるって?」
完全に二人はお互いのことしか見えてなかった。
「十五さん、若葉さんを抑えて!」
「はいよ!」
僕は体格的にどうにか抑えられそうな多々良くんを、後ろから羽交い締めにする。
十五さんも、若葉さんの首を脇の辺りで軽く締め上げていた。
「離せよ!」
「今は戦闘中なんだから、頭を冷やせ!」
暴れる多々良くんを、どうにか抑えつける。
「おい!弓の君!」
少し離れた木の上から、援護射撃をしていたはずの吹美実さんが走ってきた。
「妖が逃げ出した!」
僕らは一斉に、同じ所に視線をやる。
妖は、その長い足をフル活用してすっかり遠くまで逃げていた。
「追え!はやく!」
多々良くんがジタバタと暴れながら、指示を出す。
「いやぁ、もう無理だよ」
十五さんは諦めたように、首を左右に振った。
「もうじき姿を消す。まぁこの辺は結界が張ってあるから、住宅地に行くことはないし……」
一呼吸おいてから、十五さんはあっけらかんと言った。
「超簡単な任務、失敗だねぇ」
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