第19話 野分の日 1
「多々良、そう悲観的に考えるな」
おじさんは静かにつぶやく。
「弔が本気でやるつもりなら、妖の強さはあんな程度ではなかったはずだ。あくまで様子見程度。何も今日や明日に滅ぼされるわけではない」
多々良くんは不服そうに頬を膨らませる。
自分の言ったことを否定されるのが、どうにも好きじゃないらしい。
「ひとまず、今日はお開きにしよう。弓は初めての実戦で疲れたろうし、多々良もこのメンバーで戦うのは初めてで慣れなかったろう」
おじさんは眉を下げると、「かくいう私もヘトヘトだ」と笑う。
机に手をついて立ち上がると、部屋の襖をあける。
「あれ?もう解散?」
ちょうど廊下には、アイスを両手いっぱいにもった十五さんが立っていた。
「おいっ、僕はチョコだ!」
「別に取らないよ!十五さん、僕イチゴ」
僕と多々良くんは押し合うように、十五さんに向かって我先にと手を伸ばす。
「あーハイハイ。んーっと、チョコとイチゴね」
「逆だバカ!僕がチョコだってば!」
多々良くんは奪い取るようにチョコアイスとスプーンを確保すると、すぐに食べ始める。
「やれやれ、さっきまで滅亡だ何だと言っていた割には……。あ、私もイチゴで」
「ま、ご機嫌が良くなったならいいんじゃねぇの?十五、俺バニラ」
「おい風間。ボクはミントが食べられないから、お前がミントにしてくれないか」
若葉さんたちもワラワラと十五さんに群がると、各々アイスを持っていく。
「弓はイチゴが好きなんだな」
若葉さんがミントアイスとスプーンを持って、僕の横に座った。
「このアイスは特に。中にカットされたイチゴが入ってて、それがシャリシャリしてて美味しいんですよ」
スプーンでアイスをすくい、口に運ぶ。
トロリと溶けるような甘いイチゴアイスと、少し酸味のあるイチゴを味わう。
「……穢れた血とか、気にするなよ」
若葉さんがポツリと零す。
彼はそれだけ言うと、すぐにアイスを口いっぱいに頬張った。
「ありがとうございます。今さら、気にしませんよ」
若葉さんは目線だけこちらに動かすと、すぐに天井を見た。
アイスを飲み込んでから、彼は少しだけ嬉しそうにつぶやく。
「そりゃ、よかったよ」
大きなジェスチャーで笑う彼にしては珍しく、静かにはにかむだけだった。
「百合之丞さぁあん!」
僕は靴を乱暴に脱いで、百合之丞さんの部屋へ駆け込む。
「おや、弓様おかえりなさい」
「百合之丞さぁん!」
半泣きの僕を見て、百合之丞さんは険しい顔つきになる。
「何かありましたか?まさか家の事でいじめられたり……」
「そうじゃないんです」
「そーだよ」
背後から、若葉さんの声が降ってくる。
彼は部屋に入ると、気だるげに部屋の柱にもたれて腕を組んだ。
「弓、お前は狙われてる立場なんだぞ?」
「だからって、あれはひどすぎます!」
「ちょ、ちょっと待ってください」
百合之丞さんは目をつぶってコメカミに手を添えたまま、もう片方の手をこちらに向ける。
「はぁ、弓様。まずはあなたの言い分をどうぞ」
僕は一度若葉さんを睨んでから、話し始めた。
九月一日。
今日からドキドキの転校生として、僕は初めて学校へ向かった。
だが、今回の問題はそれがきっかけで起きた。
「若葉さんが、ずっと着いてくるんです!」
「それは弓様の護衛として、学校の送り迎えは離れないようにと」
「学校の……教室の中まで入ろうとするんですよ!?」
さすがの百合之丞さんも、ギョッとした顔で若葉さんを見る。
「先生に止められてるのに、『俺は護衛だ』とか言って無理やり教室に入るんです!信じられない!」
僕はあのいたたまれない気持ちを思い出して、また顔が熱くなる。
「みんな優しいから、家の事よくわからなくて気持ち悪いだろうに、気にしなくていいよって」
「あなた、何やってるんですか」
百合之丞さんは若葉さんを呆れたような顔で見る。
「弓は狙われる立場なんだぞ」
「それはさっき聞きました。他に納得できる言い訳をどうぞ」
若葉さんは一度唇を舐めると、目を泳がせた。
「あのねぇ、学校内はちゃんと結界が張ってあるんですよ」
「学校の結界なんて微弱なもんだろ。強い妖なら屁でもない」
百合之丞さんは「明日から私が護衛します」とため息混じりに言った。
「おい百合、待てよ。ちゃんと学校の中まで護衛するよな」
「しませんよ。あなた弓様の学校生活をなんだと思ってるんですか」
ギャイギャイと今度は若葉さんと百合之丞さんが揉め始める。
僕は思わずため息をこぼした。
弔が僕の周りを彷徨いているかもしれないとわかってから、少し経った。
若葉さんは僕のそばにベッタリ張りついていた。
おじさんが若葉さんに僕の護衛を頼んだらしいけれど、頼んだ本人も若干困り顔をするくらい。
僕にとってはありがたいのだけれど、ちょっと迷惑。
なんだか妙な方向に進んでしまったような気がする。
僕は二度目のため息をついた。
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