第18話 弔の影

「ふぅん、紫色の玉か……」

おじさんは顎に手をやると、しばらく何か考え込んでいた。


無事に妖を祓い終わったおじさん達と合流し、僕らは全員元気で屋敷に戻ってきた。

シャワーを浴びて身体を綺麗にして、今はだだっ広い居間で報告の真っ最中である。


「玉って、何かあるんですか?」

「そんなことも知らないのかよ」

僕の疑問に、多々良くんは暴言で答える。


「玉は、妖の心臓のようなものだ」

おじさんは顎に手をあてたまま、どこか心ここに在らずといった感じで答える。


「妖の霊力は、あの玉にある。あそこから身体を創り出し、妖術を使うんだ」

おじさんは息を細く吐き出しながら、座椅子に深くもたれた。


「僕が祓った時は、玉はありませんでしたよね?」

「祓い札は全て祓うから、玉を破壊しなくても祓える」

おじさんは座椅子からムクリと起き上がると、机に頬杖をつく。


「玉の色は、妖の特性をあらわす。紫は……」

おじさんは、少し言い淀んだ。

苦笑いのような、困ったような、悲しむような。



「弔、もしくは弔の関係者だ」



ゾク、と悪寒に襲われる。

真っ黒な恐怖に、心が飲み込まれそうだ。

咄嗟に若葉さんの方を見ると、彼も僕を見ていた。


あの男が、再び僕の周りにいるのか。

急に酸素が減ったのかと思うくらい、息が苦しい。


「弓様」

百合之丞さんが、僕の肩を抱く。

そこで初めて、自分が震えていることに気がついた。


「やはり、忌憚児だな」

僕に集中していた視線が、一気に多々良くんに向く。

おじさんの咎めるような視線を、多々良くんは気にすることもなく、鼻を鳴らした。


「本家にまで広まってたよ。忌み憚られる、分家の当主のと」

「多々良」

「父上も、なぜお分かりにならないのか」

多々良くんは吐き捨てるように言うと、機嫌の悪い猫のようにそっぽを向く。


「弔と一線を交えることは、家の断絶を意味するのです」

「多々良様、弔は巷の妖事件の首謀者。いわば大規模災害の元凶なのですよ」

百合之丞さんの言葉に、多々良くんはイラついたように眉をひそめる。


「だから、我々が戦いましょうって?正義ごっこは結構だけど、現実みなよ」

彼の口調は、次第に早くなる。彼自身の苛立ちを象徴するように。


「僕らは特に取り柄のない鳳家。武にも頭脳にも優れてない、鳳家だ。オマケに分家。さらには当主不在で代理と子供が二人。どこに勝ち目があるんだよ!」


誰も、何も言い返さなかった。

多々良くんの言っていることは、どうしようもないほど現実で真実だ。


居間に、陰鬱な空気が充満する。

それは重たく暗く、僕らにのしかかった。


「父上、弓の追放を考えるべきです。一家全滅か、一人で犠牲を済ませるか」

多々良くんは、念押しするようにつぶやいた。


「穢れた血は、取り除かなくてはいけないんだ」

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