第16話 交戦2

「さて。弓、祓札を貼ったら何をする?」

「えっと、祓詞を唱えます」

おじさんは「そうだね」と微笑むと、暴れる妖に向かって手を伸ばす。


「『縛』」

おじさんがつぶやくと、妖の頭上に小さな光の粒が現れ、蜘蛛の巣のように広がる。

一瞬のうちに光る蜘蛛の糸は、妖を縛り上げた。


「霊力の扱い方を覚えれば、札も詠唱もなしでこんなこともできる」

おじさんは、ちょっとだけ得意気にウインクした。


「さ、弓。詠唱」

僕は頷いて、何度も家で練習した言葉を口にする。


「『八百万の神々よ、屠る妖受け容れ給へ』」


一息に言い切ってから、短く息を吸って最後の単語を吐き出す。


「『祓』」


キィ、と耳鳴りのようなモスキート音。

妖と関わる時、いつもこの音だ。


妖の体は断末魔を上げる間もなく、砂で作った城のように崩れた。

体だった砂は上に舞い上がり、鮮やかな朱色に光って消えていった。


おじさんの方を見ると、満面の笑みで僕を見ていた。

「弓、初めて祓札を使ったとは思えないほど、上出来だよ〜!」


「まぁ妖の霊力自体は小学生でも祓えるレベル……」

「余計なこと言うな」

「うぎっ」


若葉さんは十五さんの頭を軽く小突くと、僕に向かって微笑む。

「よくやったな、弓」


赤ちゃんがちょっとなにか出来ただけで褒められるような、素直に喜べるだか喜べないだかわからない気持ちだ。


「さてと、それではさっさと戻ろう」

おじさんが階段に足をかけた瞬間だった。


「父上ッ!」

上から声が降ってくる。

少年特有の高い声は、多々良くんだ。


おじさんは異変を感じたのか、階段を駆け上がる。

僕らもすぐに後を追って、階段を上がった。


「うっ」

洞窟を出ると、鼻を突くような異臭がする。

こめかみが少し痛くなった。


僕ほどではないけれど、おじさんたちも感じたようだ。

袖で鼻を覆うが、強すぎる臭いは布では遮りようもない。


けれど、すぐに僕らの意識は嗅覚から視覚へとうつる。

目の前にいたのは、さっき僕たちが祓った妖そっくりの妖。


いや、一つそっくりじゃない点がある。

明らかに、大きい。

少なく見積っても二倍はある。


「弓、下がれ!」

若葉さんは僕の前に立つと、脇差で妖の攻撃をさばく。

しかしその拍子に脇差は甲高い金属音をたてて、切っ先が折れてしまった。


「チッ、折れやがった!」

若葉さんは脇差を鞘へ乱暴にしまう。


「百合!俺の太刀!」

「太刀を取ってやる余裕があるように見えるか!?」

百合之丞さんは悲鳴のような声で言うと同時に、薙刀で妖の攻撃をさばく。


「十五!俺たちで気を引く!斬れるか!」

「さっきの角よりはね!」

十五さんは跳躍すると、近くの木に飛び登る。

そこから勢いを使って、妖を上半身と下半身の真っ二つに斬りつけた。


鮮やかな連携に感動するのもつかの間、妖の断面がボコボコと泡立つ。

妖は、二体に成った。

硫黄のような強い臭いに、僕は顔を歪める。


「おいおい、増えんのかよ」

若葉さんは、半笑いだった。

「何が……超初級の任務だよ」

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