第15話 交戦1

歪だ。歪な妖だ。


猪と鹿を掛け合わせたようなシルエットだけれど、本来目がある位置から鹿の角らしきものが出ている。


大きく開いた口からはみ出ている舌に、目玉が二つ埋まっていて、ギョロギョロと忙しなく動いていた。

さらにそれぞれの脚から腕が何本も生えていて、四足歩行なのに実質二十足歩行だ。


「十五!お前は角斬ってくれ!アレ危ねぇ」

若葉さんが叫ぶ。十五さんは何も言わなかったが、高く飛んで妖の角に斬り掛かる。


若葉さんは低い姿勢のまま、速度を落とすことなく脚から生える腕を、次々切り落としていった。


切り落とされた腕はビチビチと陸に上がった魚のように暴れるが、しばらくすれば乾燥した泥団子のようにボロボロに崩れる。


「これなら弓の血を貰うまでもないぜ。霊力が大きいから強いかと思ったが、コイツ霊力の使い方がわかってないから雑魚だ」


一通り腕を切り落とし終わった若葉さんが、僕とおじさんの所に戻ってきて言った。

おじさんもさっきまでの険しい表情がわずかに崩れている。


「所詮は烏合の衆って感じだな」

「弓の本格的な妖退治の一戦目だ。私だって無茶な任務は組まないさ」

おじさんは片方の眉を上げてそう言うと、腕を組んで妖をじっ、と見ていた。

「ただ、油断ならない」


視線の先には、角に斬りかかる十五さんがいた。

ギン、と角と刀のぶつかる鈍い音が反響する。


「おーい何してんだ、とっとと斬れよ〜。それ斬らねぇと、祓札付けるとき弓が危ねぇんだよ」

若葉さんが口元に両手をあてて大声で言う。


「そういうなら……っ、代わりに斬ってくれないかなぁ!?」

十五さんは幾度も刀で斬りつけるが、角は浅い傷一つつかない。


「この角、すっごく堅くて斬れないんだよ」

暴れる妖を避けつつ、角に向かって刀を振るが、歯が立たないとはこのことだ。


十五さんは舌打ち混じりに角の先に根元にと、斬る場所を変えてみてはいるが、どこも効果はない。


「無理だ。刃こぼれしちゃう」

十五さんは僕たちの横に来ると、顔をつたう汗をぬぐいながらつぶやく。


「別に角が生えたままで祓札貼っちゃおうよ」

「バカ危ねぇ」

「けど斬れないんだから、グダグダしててもしょうがないよぉ」

十五さんと若葉さんの議論は平行線だった。


『グォオォォォ』


放っておくなと拗ねたように、妖が叫び出す。

「よし、弓。背中に乗れ」

「へ?」


若葉さんは僕の腕を引っ張って、強引におぶる。

「若葉さん、どうする気ですか!?」

「しゃべるなよ、舌噛むから」


竜巻に巻き込まれたかと思った。

それくらい一気に、洞窟の天井ギリギリまで舞い上がる。


妖が角を振りかざして僕らを牽制するが、若葉さんはどう動くのかがわかっているように、あっさり避ける。


「弓、祓札」

僕は手に持って少しシワのついた祓札を、妖の角と角の間に貼り付ける。


「ナイス!」

若葉さんは僕が祓札を貼ったのと同時に、妖の角を蹴って勢いよく一回転する。

胃の中身も合わせて一回転する浮遊感が、すごく嫌だ。


回った勢いを利用して、そのまま妖と距離をとると、元いたところまで風のような速さで戻った。


「若葉、人を一人おぶってよく動けたな。危ないぞ」

おじさんは若葉さんを褒めつつも、咎める。


当の本人は舌をペロリと出して肩をすくめるだけだった。

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