第14話 初陣3

「ッ」

寒い。夏なのに、洞窟の中に入った途端に季節が冬になったみたいだ。


洞窟は気温が一定で、夏に入ると涼しいとは聞く。けれど、この寒さは涼しいなんて快適さとはかけ離れすぎてる。冷蔵庫だ、こんなの。


「弓」

若葉さんが、後ろから囁く。

「寒いか?」

「かなり寒いです」


若葉さんは「うーん」と唸って頭をかくと、後ろに視線をやった。

しめ縄の向こう側には、百合之丞さんたちの姿が見える。


「百合、上着取ってくれ」

百合之丞さんは頷くと、持ってきたカバンからダウンジャケットを取り出す。

黒色のどこにでもあるダウンジャケットだけど、僕から見たら砂漠をさ迷った末に見つけたオアシスの水だ。


しめ縄をくぐり、一旦結界から出てダウンジャケットを受け取る。

かなり暑い。真夏にダウンジャケットを着込むなんて正気じゃない。


着替えて数秒で汗が吹き出すけれど、もう一度しめ縄をくぐって結界に戻れば、快適な服装だ。

「弓は霊力に敏感だから、結界の霊力に強く影響される」

おじさんがぽつりとつぶやく。


「森林による結界は、冷たいと言われる。これからこういった結界に入るときは、厚着したほうがいいね」

「はい」


僕が返事をすると、おじさんは真剣な顔に戻って洞窟の先を見る。


洞窟の先は暗闇が続いていた。

しめ縄の向こうから射すわずかな光では、洞窟の先は照らせない。

沈黙と暗黒が広がる姿は、いつかテレビで見た深海に似ていた。


「十五、灯りを」

おじさんが言うと、十五さんは手に持ったランタンのスイッチを入れる。

鈍い灯りに照らされて、石で造られた階段が浮かび上がった。


「この階段を降りた先に、妖が……」

階段は、不気味なほど綺麗だった。

つい先日造られたばかりと言われても信じてしまうほど、劣化はおろか傷のひとつもない。

いや、階段だけじゃない。


僕は灯りで照らし出された結界の内部をまじまじと見る。

洞窟なのに、中にはコケの一つもなかった。

草木の類いはもちろん、生命の気配を感じない。

森の中の洞窟とは思えないほど、緑がなかった。


冷えた霊力で満たされた、命のない空間。

これが結界、妖を捕え閉じ込めるための装置なのか。


今までの妖を倒す任務は、街中にいる小さいものを倒す程度だった。

けれど、ここにいるのは間違いなく強い。戦闘経験の浅い僕でもわかる。


らせん状の階段を降りていく。

普通の家で、二階から一階に降りるくらいの段数だった。


階段を降りた先には、もう一度しめ縄があった。

洞窟の入口にあったものよりも、さらに二回りは太く、古いものだ。

しめ縄の奥には何もない空間が、無言で広がっている。

学校にある一周二百メートルのトラックくらいの大きさだろう。


「十五」

おじさんに名前を呼ばれ、十五さんは一度頷いて僕にランタンを渡すと、静かに抜刀する。

星のない夜空のような暗い青色に、白銀の波紋がよく映える打刀だ。


「十五がしめ縄を斬ったら、戦闘開始だ」


おじさんはしめ縄から目をそらすことなく、僕に言う。

「祓札の準備はいいな?」

僕は手に持った祓札を握りしめ、頷く。


祓札は、妖を倒す時になくてはならない大切な武器の一つだ。

この札に陰陽師は霊力を込めて妖に貼り付け、妖の心臓ともいえる霊力を破壊する。


妖は致命傷を与えれば祓札がなくても、祓うことはできる。

けれども祓札があることで、最低限の戦闘のみで妖を祓うことができる。

祓札をつけてしまえば、妖から離れて安全圏で祓える。

戦闘時の怪我などのリスクを回避するのに、有用なわけだ。


十五さんは息を深く吸い込むと、しめ縄を真っ二つに斬った。


『ガアァア゙ア゙ア゙アアアァ』


突如として、妖の姿が現れる。

しめ縄は妖を閉じ込める結界でもあり、姿を隠す術の役割もあったのか。


「目標確認!中型数体が合体した大型の妖を討伐する!」

おじさんが大声で叫ぶ。

若葉さんも脇差を鞘から抜くと、姿勢を低くして構える。


「全員、油断するな!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る