第12話 初陣1

「おはようございます、弓様」

部屋の障子が開いて、お手伝いさん二人が挨拶する。二十代後半くらいの女性と、三十代前半くらいの男性。二人は夫婦らしい。


いつも僕の身の回りの世話をしてくれるお手伝いさんは四人いて、今日はこの二人のようだ。


「……おはようございます」

「あら」

奥さんのほうが僕の顔を見て、心配そうに首を傾げた。


「弓様、寝られませんでした?」

「あまり」

僕は彼女から着替えを受け取ると、立ち上がって布団から出る。


奥さんの方はそのまま布団を畳みながら、不安そうな声色で尋ねた。


「初めての任務の時はちゃんと寝ていらっしゃったから、大丈夫かと思ったんですけれど……やっぱり今日の任務は、初めての本格的な妖退治ですものね。実質初陣ですし、無理もありませんわ」


「あはは、まぁ……」

僕は苦笑いをして濁す。


一緒に任務に行く人間との関係が不安で寝られませんでした、というのはちょっとカッコ悪い。

僕のミジンコ並のプライドが、それを許さなかった。


着替えて朝食を食べるために居間に向かう。

中庭に面した廊下を歩けば、元気いっぱい大音量のセミの鳴き声を浴びる。空を見上げれば、朝とは思えないほど太陽の位置は上の方だ。


八月も終わりとはいえ、まだまだ暑い。

早くもじっとりと滲み始めた汗に憂鬱な気持ちになった。





「……おはよう」


おじさんの声は、いつもの半分ほどしか出ていなかった。

豪快な性格のおじさんも、さすがに気まずさを覚えているようだ。


「今日は任務があるから……がんばろう」

おじさんの珍しく内容のない言葉を、居間にいるメンバーはほとんど聞いていない。


十五さんはまだ眠たそうだし、若葉さんは夢中で朝食を食べている。百合之丞さんはまだ来ていない。


そして、多々良くんは何故か僕をずっと睨みつけている。

犬が初めて見た人間に一通り吠え尽くした後、それでもまだ警戒し続けているみたいだ。


僕はおじさんにそれとなく目線を送って、助けを求めてみるが、おじさんはまったく意図を理解してくれない。


「弓だけだよ、話聞いてくれるの」

おじさんは切なそうに目を細めて、頼りない笑みを浮かべる。


ごめんなさい、僕もあまり聞いてませんでした。





部屋に戻って、部屋着から陰陽師の装束に着替える。

平安貴族の服を魔改造したようなトンチキ衣装は、コスプレのようでなんとなく恥ずかしい。


包丁くらいなら余裕で防げる黒い護身用のインナーを着て、その上に袖が普通の服と同じ太さの着物を着る。

細めの帯で締めて、後は羽織を着るだけ。


「弓、もっと締めないと途中で解けるぞ」

若葉さんが帯を締め直してくれる。


陰陽師がこの仕事着に着替える時、必ず四家の者が護衛も兼ねて手伝わなくてはならない。

鳳の家の場合は風の家の者が、その仕事を担う。


「苦しくないか?」

「はい」

若葉さんから羽織を受け取り、袖に腕を通す。


「うん、バッチリだな」

「まだ慣れないですけどね」

若葉さんは苦笑いすると、装束を入れていた漆の入れ物を片付ける。


それとほぼ同時に、部屋の外から百合之丞さんの声がした。


「弓様、出られますか?」

「はい、大丈夫です」


若葉さんのほうを一瞥すると、僕は部屋の障子をあける。廊下には、百合之丞さんが薙刀を背中に背負った姿で立っていた。


「では、弓様の初陣に参りましょうか」

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