第六十話 昇格試験とハローワーク

 後日、というか翌日の早朝には俺たちは王都ザッカールへと戻ってトロイメアの町で起こった惨劇について各所へと報告した。

 シエルさん達は異端審問官としてエレメンタル教会へ“精霊神の名を不当に語り虐殺と略奪を行った者たちの破門”を打診。

 俺はロイさんの残した脱税の証拠やら、今回の惨劇を知る切っ掛けになった少女の日記やらを国……というか大図書館へと提出した。

 今までも野盗と貴族の繋がりなど厄介そうな事案は人知れず王城に持ち込んでいたのだが、先日ホロウ氏が俺の目の前に現れたという事は……今後そう言うのはこっちに持ってこいという意思表示であると俺は解釈していたのだ。

 提出……と言っても俺が閲覧用の机にそれらのブツを置いて、一瞬視線を外した後にはもう無かったのだが…………ただそれで俺の解釈は間違っていなかった確信を得た。

 相も変わらず『気配察知』には全く引っかからなかった……あの司書は本当に生きているのか疑問を覚えるくらいである。


 そこからは最早俺たちに手出しできる事は無く数日後……俺は本職である冒険者としての報告の為に冒険者ギルドへスカルドラゴンナイトの討伐成功を報告に来ていた。

 町で手柄の取り合いの茶番をしたのは別にして、俺は元々討伐の報奨金は4人で山分けのつもりでいたのに、シエルさんもリリーさんもやんわりと受け取りを拒否した。

 何でも『討伐以外に面倒をおかけしておいて、お金は受け取れませんよ』『また会った時にご飯でも奢ってくれればいいから』との事だった。

 何処までも爽やかな連中である。


「やるわね~スカルドラゴンナイト討伐何てAランクでも難しいのに、Dランクで……私も鼻が高いわ~」

「止めろよ母ちゃん、恥ずかしいだろ」


 いつもの茶番をやりつつ俺は本日受付のミリアさんから討伐の報奨金を受け取っていた。

 実際には元になっていたドラスケが地味に今も『針土竜亭』の周辺を飛んでいるんだが……坑道からはいなくなったんだから問題は無いだろう。

 俺はそう思い自己完結する事にした。


「ほとんど聖女様たちとカチーナさんのお陰だっつーの。俺一人であんな化け物倒せるかって……」

「卑下する事はありませんよ。あの場面ではみんなが役割を果たしたからこそ討伐出来たんですから……他のアンデッドたちと同時に来られていたら浄化結界どころか敗走していたかもですよ」


 そんな事を言いつつ励ましてくれるカチーナさんとのやり取りを、ミリアさんは妙に微笑ましく見ていた。


「良いですね~ギラル君も信頼できる仲間が出来て強敵を相手に立ち回るようになったのね~。もうランクを上げても良いのかも……」

「「ランク上げ?」」

「異端審問官何て冒険者にしてみればAクラス、タメを張れる者が何時までもDランクじゃあ格好付かないでしょ?」


 そう言うミリアさんは朗らかではあるものの、ふざけた雰囲気は見当たらない。

 まあ俺自身は今までも何度か昇格試験を受けるか? と打診されていた事もあるけど、前パーティの『酒盛り』にいた頃は実力を勘違いしないように自粛していたからな。

 ただカチーナさんはつい最近冒険者になった事もあり少々困惑しているようだった。


「いや、しかしミリアさん。私は冒険者になったばかりですよ? そんなに早くランクを上げるのは軋轢があるのでは?」


 元々軍属だった彼女はこの手の規則に対して敏感だ。

 出世や階級と同じようにランクも見ているんだろうけど……。

 しかしカチーナさんの心配を他所にミリアさんは困ったような笑顔のまま首を横に振る。


「逆なの、スカルドラゴンナイトと渡り合うような実力者が何時までもDランクでいられた方が困るのよ。実際のDランク連中にしてみれば……それに」

「……それに?」

「訓練場で壮絶なバトルを繰り広げるのが階級低いと後輩たちに悪影響だからとっとと階級上げろって“お友達”から苦情があってね~」

「「う……」」


 俺の脳裏に同期の魔導士の顔が浮かんだ。

 まあ確かにあそこまでの戦闘力を持っているカチーナさんがDランクのままで“そこまで出来ないとDランクになれない”などと勘違いされても困るだろうからな……。


                 ・

                 ・

                 ・


「では次の昇格試験は2週間後だからね~。遅れちゃダメよ~」

「へ~~~い」


 ニコニコと笑うミリアさんに背中を向けて手を振りつつ、俺たちはギルドを後にした。

 カチーナさんは昇格試験を受ける事になってからパンフレットを手に熟読している……この辺の反応はやっぱり冒険者っぽくなく元軍属の生真面目さが漂っていた。


「ミリアさん……随分と嬉しそうでしたね」

「身内贔屓する人じゃ無いけど、あの人も俺の実力を過大評価してんだよな~。『酒盛り』にいた時から昇格試験を進めてたし……」


 この辺の感覚は盗賊のスレイヤ師匠の方が慎重で、俺もそっちの意見に引っ張られて今まで昇格試験は避けていたのだ。

 な~んか自覚なく増長する原因にもなりそうな気がして……。


「まあ……いつかは必要な事だったからな。思ったよりも早くにその“いつか”が来た気がするけど」


 別に乗り気じゃないって事も無いけど~って微妙な気分を味わいつつ俺達は商店街を目指して歩いていた。

 報奨金も入ったし、今回の依頼で消費した必需品やら道具の手入れやらを済ますために。

 特にカチーナさんは新装備のカトラスを始めて実戦で使った事で、剣の手入れに関して過剰に気にしている様子でもあった。

 まずは研ぎ直しで武器屋かな? ボンヤリとそう思っていると、不意に目の前に知った顔が笑顔で現れた。


「お久しぶり、ハーフデッドさんにグールデッドさん。本日も仲良くお買い物~ってところでしょうが、少~しお時間宜しいでしょうか?」

「……町中で不用意にその名を言わんで欲しいんですが」

「大丈夫大丈夫……少なくとも声が聞える範囲に引っかかる魔力は無いから」


 武骨で特徴的な杖を携えた小柄のシスター……リリーさんがそう言ってニヤリと笑った。

 久しぶりと彼女は言うけど、実質3日ぶりくらいの顔合わせなんでそこまで久しいワケでも無いが……。

 どうやら彼女は関係者として知った情報を俺たちに教えに来てくれたらしい。

 それと言うのも俺たちは表立っては『聖女様たちにくっついていた冒険者』というスタンスで、不正や背信の証拠云々に関してはシエルさんたちに丸投げ状態……その後の情報は全く入って来ない状態であった。

 無論調べれば知る事が出来たかもしれないが……そこはあえて探る事をしなかった。

 これ以上は自分の領域ではない気がして……。


「まずは王国側だけど、証拠が提出された翌日には一個師団を動かしてトロイメアの町を包囲して罪人を全て捕縛したわ。教会との軋轢だの何だの、面倒事に関わる事は嫌うクセに新たな財源なんてもんが絡むと早い事早い事……」

 

 翌日……それは確かに早い。

 普通軍隊を動かすには様々な面倒事が起こるから早くても数日はかかるはずなのに。

 理由はリリーさんが言った通り金だろう。

 新たな財源があり、それを今だったら犯罪者から取り上げるという名目でタダで手に入るのだ。

 ましてや今回の騒動は精霊神教信者の暴走……ある意味教会側の責任とも言えるワケで……軋轢だのなんだのは後にして、とりあえず確保しようと動いたのだろう。

 ……現金なものだ。


「……教会側の動きは?」


 俺が溜息を吐きつつ聞くと、リリーさんは両手を広げて似たように溜息を吐いた。

 彼女も色々と呆れているのだろう。


「軍の動きをどっから聞いたのかは分からないけど、連中が動くよりも更に早くお抱えの聖騎士団を派遣してたわ。国が精霊神教信者を盾に責任追及してくる事を予想してね」

「……国が介入する前に破門して縁を切って置こうってか?」

「本音を言えば介入前に始末したかったんだろうね。タッチの差で王国軍が町を包囲してそこまでは至らなかったみたいだけど」


 だろうな……町が変わらずにある事を装う為に200以上の狂信者エキストラがあそこにはいたのだからな……殺した後に証拠隠滅する時間なんてあるワケがない。


「聞いた話だと聖騎士団や王国軍がトロイメアの町に踏み込んだ時は町中に人気は無くて……みんな家の中でうずくまってガタガタ震えてたんだってさ。『死にたくない、今死んだら地獄に堕ちる』って呟きながら」

「自分たちは勝手な正義で人を殺しておいて、自分の死後が思うように行かなそうだからって死にたくないとか……ふざけてますね」


 不愉快極まりないと吐き捨てるカチーナさんに俺も同意だ。

 神様のため~とか抜かしておいて、結局は自分の為だったって事でしかないんだから。


「先に結論だけを言えば、トロイメアを乗っ取っていた狂信者共は全員奴隷堕ち。都合よく鉱山が近いからそのまま穴倉に押し込まれる事になったわ」

「……そう、っすか」


 その言葉に俺は全くと言って良いほど心が動かなかった。

 闇の中に置き去りにされて両親を求め彷徨った子供達を思うと、同じ場所であっても出入口があると知っているだけでも軽い刑罰に思えてしまうくらいで……。


「共犯……というかミスリルを他国に横流ししようとしていたグラノーア伯爵も破門の上に伯爵家はお取り潰し。伯爵家の全員が関与していたらしくて一族郎党まとめて磔の刑に処される事になったわ……止めを刺されない方のね」

「ああ……」


 止めを刺して貰えず猿轡を噛まされたまま野ざらしにされて、そのまま骨になるまで放置される……死罪の中でも特に重い刑の一つだ。

 一応身分がある者には苦しみを与えない為にと死罪でも斬首が言い渡されるものだが、この辺は国としても教会としても擁護する必要なしと判断したのだろうな。

 まさに自業自得……。

 そんなクズ共の末路を聞いても何も感じない俺は薄情な方なのだろうか?

 何となくカチーナさんを見ると軽く笑って見せる……その様は『私も同じ気持ちだ、気にする事はない』とでも言っているようだ。


「あとはまあ軽いところで私……教会の魔導僧をクビになっちゃった」

「「…………は?」」

「だからクビ~。異端審問の任も解かれて絶賛無職になっちゃったわよ」

「「はああああああああああ!?」」


 しかし、そんな犯罪者たちの末路には一つも心が動かなかった俺達なのに……リリーさんがあっけらかんと言った次の言葉には驚きを隠す事が出来なかった。

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