閑話 親に恥をかかすクソガキ共

 炭鉱の町、外部からはそう思われている町トロイメア。

 そんな滅多に余所者が訪れる事も無い町で“以前から”町長をしていた男ゴロクは、日も落ちかけた時間に部下から齎された情報に目が点になっていた。


「帰った……だと? 聖女……様たちが?」

「はあ……何やら同行していた冒険者共と依頼達成の報奨金について揉めているようでして……何でもスカルドラゴンナイトを討伐したのは自分の方だと言い張っていて、町に戻って来るなりどちらも“先に都合よく報告されるワケには行かない”と罵り合いながら王都へと向かって行きました……徒歩で」


 一瞬自分たちの疚しい事の何かが判明したのかと緊張したゴロクだったが、その内容が余りに俗っぽい事に呆れの溜息を漏らした。


「なんとまあ……浅ましい。神聖なる精霊神教の聖女を賜りながら金に固執するとは……所詮は下賤な証明派の者という事か」

「まったくですな……精霊神様とは相反する悍ましきアンデッドを討伐したという栄誉を受けながら利益を求めようとは」

「ふん……だからこそ今世の富は、全て精霊神様に捧げるのが正しい行いなのだ」


 報告にゴロクはあからさまに聖女エルシエルを見下したような勝手な事を呟き、周囲の部下たちはその発言に同調する。

 自分達も自己満足の為に富に固執して、人から金を、居場所を、命すら奪い取ったという外道を行っているという事に見向きもせずに……。


 数か月前に石炭採掘が主であるこの町でミスリル鉱床が発見された事がそもそもの悲劇に始まりだった。

 そしてもう一つの悲劇は、このトロイメアの炭鉱を含めた地域を領地とするグラノーア伯爵が狂信者ゴロクと同類であった事だった。

 当然だがミスリル何て新たな財源が発見されたのならば、国へ詳細を報告し相応の税を納める必要があるのだが、目減りして自らの信仰の証である寄付金が減る事を嫌った狂信者たちは最悪な計画を実行に移したのだ。

 

 不都合な情報を持っている町民は皆殺しにして、代わりに伯爵が呼び寄せた似たような思想を持った連中を元の町民として生活させてトロイメアの町民に何事もないように装ったのだった。

 連中にとって幸いだったのが、この町出身で町を出た者や別の町や村の親戚がいる者は少ない事で……そのお陰でこの大規模な犯罪は今日まで見逃されていたのだ。

 反対に演技力を期待できない事から鑑みて、現在町の中には一人も子供がいないという違和感を残す結果になったのだが……。


「やれやれ……これで本格的に採掘を始められるんだろ? ゴロクさんよ……」

「貴様らはもう下手に手を出すな! 暫く待てば同士グラノーア伯爵がその手の人員を手配して下さる。それまでの間に坑道内に散らばったゴミ掃除が主だった仕事だ」


 ゴロクの言葉に部下たちは一様に嫌そうな顔になるが、一人が皮肉めいたように笑いかけた。


「ゴミ掃除……ね。さすがかつての同郷どころか自分の息子すら手に掛けた男は言う事が違うねぇ……精霊神様への忠誠心がよう」

「ふん……精霊神様への信心を理解せん背教者など、息子に持った覚えも無い。異端者共の遺体などゴミに過ぎんであろうに」


 その目に後悔の念は欠片も見出せず……ゴロクという男が親として、人として、信者としても終わっているという事に気が付ける者はこの場にはいなかった。


                ・

                ・

                ・


 ドン……ドン……ドン…………


 新月の闇夜に響き渡る轟音……トロイメアの住人たちを眠りから覚ますには十分すぎるその音は草木も寝静まる深夜に響き割った。

 それはまるで魔導師が攻撃魔法を放ったかのような危険を感じさせる爆発音のようでもあり……眠りを覚まされた者たちは“何事か!?”不快感と警戒心を露に住宅から顔を覗かせた。

 ……新月にふさわしい闇に閉ざされているハズのトロイメアの町に太陽とは違う、しかし遜色ないほどに眩い光が照らしている事にまず気が付く。

 そして光源を確かめる為に上空に目を向けた瞬間……誰もが声を失った。

 上空に現れた六の精霊を象徴する光を従えた、美男とも美女とも思える美しく神々しき存在……精霊神教に傾倒する者であれば誰もが夢見、一生に一度は拝観する事を願うであろう存在……。

 教会で見た石像や聖典に記された絵姿に、似ているようでいて、それ以上の畏怖と神々しさを放つ存在の権限に……目にした誰もが膝を屈する。


「お……おおお! 精霊神様だ……精霊神様が我らの前に顕現なされた……」

「ああ……」

「おおお…………まさか生あるうちにご尊顔を拝見させていただけるとは……」


 同じように膝を屈して思わずつぶやいたゴロク町長の言葉に周囲の人々も同調する。

 精霊と対話出来る者を聖女と呼び尊敬の念を抱く精霊神教の信者たちにとって、精霊神を直に拝見したという事は最上級の栄誉とも言える。

 今までゴロクも直接精霊神と会ったなどの逸話は腐るほど耳にして来たが、実際に自分がその場に立つ事になった状況に、自分の信心が間違っていなかったと誇っていた。


「そうか……精霊神様が顕現なされたという事は、我々の信心が他ならぬ精霊神様に認めていただけたという事なのだろう! やはり我らの信心は、行動は正しい行いなのだ!」

「そうか! 精霊神様は見ていてくださったのだ! 我らが精霊神教の為に異端を排し富を納める善行を!!」

「そうだ! 妥協せず精霊神教のみを広め、邪教を潰す我ら真の信者をお認めに……」


 夢にまで見た精霊神を拝観できた事でトロイメアの町に“巣食っていた”狂信者たちは口々に自分にとって都合の良い事を言い始める。

 曰く、自分達が正しい事をしているから、自分達が敬虔な信者であるから精霊神様はご顕現なされた……自分たちは精霊神様の寵愛を受けているのだ……と。


 が……勝手な事を口にしつつ祈りを捧げる連中を闇夜に現れた『精霊神』は一瞥もせずに、町のは反対側……山の方へと顔を向けた。

 元は石炭採掘の現場であり、最近はミスリルの鉱床が見つかった鉱山のある方を。

 そして“何かを”発見したかと思うと酷く悲しみに満ちた瞳になり、ゆっくりと鉱山の方へと動き出した。


「お、お待ちください精霊神様! どちらへ行かれるのです!?」


 敬虔な信者である自分たちに目もくれない……その現実を前にゴロクを始めとした信者たちは上空を移動する『精霊神』を追い駆け始めた。

 見失わないように上を見ながら追いかける信者たちの中には何度も地面に足を取られて転げる者もいたが、『精霊神』はそんな事を気に掛ける様子もなく……悠然と鉱山へと向かっていく。


「待って……下さい……精霊神様……」

「一体……何処に……行かれようと…………」


 そして辿り着いた先は……当然だが鉱山の入り口、岩肌に無造作に開けられた穴が何とも素人臭い歪さを醸し出す、昨日から今日にかけて聖女たちにアンデッドの討伐依頼をしていた現場であった。


「なぜ精霊神様このような場所に……ココにあるとすれば精霊神教に刃向かった背信者どもの遺体しか無いと言うのに……」


 最高神たる精霊神が関わるような事では無い……本気でそんな事をゴロクを始めとした狂信者たちは勝手に考えていた。

 ある意味それは偶像の押し付け……理想の女性がトイレに行かないと本気で考えている精神が未熟な子供と何ら変わりのない思考であった。


「お、おい町長! あ、アレ……アレは!?」

「ん、一体何…………」


 部下の一人が指さしたのは無数に空いた坑道の穴から一つ、また一つと現れる光の塊。

 その一つ一つが人の形をしていて、それがアンデッドと化していたトロイメアの住民の魂たちであるのは明らかで……穴から出てくると同時にゆっくりと、階段を上るような足取りで上空へと上がっていく。

 悲しみの目で見つめる『精霊神』の元へと……。


「あ、アイツらは……まさか……」


 トロイメアの町を乗っ取っていた連中にはその中に見覚えのある顔すら含まれている。

 自分たちが背信者、異端者として始末した本物の住民である。

 そんな連中が敬虔なる自分達を差し置いて『精霊神』へと謁見しようとしている……その事実に当初は嫉妬心すら覚える信者たちであった。

 しかし一つの光の塊が泣きながら何かを話したと思うと……『精霊神』は初めて口を開いた。


『分かっております。貴方は何も間違っておりません……妻の為、子の為、町の為に懸命に生きたのです。貴方は何も間違っておりません……』


 魂の言葉は聞こえない……しかし精霊神の声は確実に聞こえてくる。

 その声は女性のように通る、不義や不正を許さない凛とした雰囲気を持つ揺るぎない声で……しかし亡き魂を慈しむ慈愛に満ちた声でもあった。

 その声に心疚しくない者であれば涙したかもしれない。

 いや、悪人であったとしても……この光景には感動できたかもしれない。

 ただ……その光景、その言葉に感動できず冷や汗を流す類の者もいた。


 主婦に見える女性が悔しさを露に訴える。

『尤もです。子を産み育て、立派な成長を願った貴女の怒りは当然です。奪われて良い物ではありません』


 決意を込めた表情で互いの手を握る若い男女が立つ。

『死の淵まで互いを守り合った二人は必ず精霊神の名の下結ばせましょう……今世での不幸、誠に申し訳ありませんでした』


 日記を手にした可愛らしい女の子が泣いていた。

『怖かったね……辛かったね……遅くなってゴメンね。私がお父さんお母さんの元に連れて行ってあげますからね……』


 自分達の崇拝する精霊神の顕現に湧きたち、その姿を見る事が出来た自分達は認められたのだと妄言を垂れ流し浮かれていた連中はその光景に絶句する。

 自分たちの事など見向きもせずに、自分達が背信者と決めつけミスリルによる富を精霊神教に献上する為に殺害した人々に……同調し認め、そして謝罪しているのだ。

 神々しく光り輝く最高神が人間に頭を下げる……そんな光景を見たくも無かった信者たちは悲鳴を上げだす。


「おやめください精霊神様! 何故そのような背信者共に頭を垂れて……」

「その者たちは信仰に刃向かう愚者ですぞ!? 何ゆえにそのような……」


 しかしそんな信者たちの“勝手な”悲鳴にも『精霊神』は見向きもしない。

 ただただ、一人一人へ誠心誠意の気持ちを込めて謝罪して行き……そして訴えを終えた魂たちはそのまま虚空へと消えて行く。

 そんな時“誰かが”言った言葉が信者たちの思考を凍り付かせた。


「なあ……もしかして俺達……教義に反して信者を手にかけてしまったんじゃ……」

「「「「「「「!!?」」」」」」」


 ザワリ…………暗がりで誰が言ったのかは分からなかったが、その可能性を考えてしまったが最後……否定しようにも目の前の光景がそれを許してくれない。

 誰あろう自分たちの信仰の対象が“まるで不始末を犯した子の代わりに、部下の代わりに謝罪するかのように”頭を下げる理由など想像も付かないのだから。


「滅多な事を言うんじゃねぇ! アイツらは……アイツらは精霊神様への献金を拒否したんだぞ!?」

「……精霊神様が富の全てを寄越せって言ったのか? アイツらだって少額なら認めたんじゃ無いのか?」

「バカな!? 教義に反しないように、直接手にかけないように、ワシはワザワザ……」

「……精霊神様にそんな誤魔化しが通用するとでも? 我らが全知全能の最高神に?」


 突如上がり出した自分達の行動を疑問視する発言に必死に反論を試みようとするが、ゴロクを筆頭にした狂信者たちはこぞって口を閉ざしてしまう。

 認めたく無い……認めてはいけない……。

 認めたら最後……それは決定的な自分たちのよりどころを無くす事に他ならないから。

 自分たちが敬虔な神の信者ではない、神の名を語り正義を詐称した……ただの犯罪者であると“自分で”認める事になってしまうから……。

 特に町長のゴロクは賢しく教義の穴を付いて精霊神教としての背信行為を行っていないつもりでいた事もあって、絶対に認めるワケには行かなかった。

 しかし……『精霊神』の下へと昇りゆく最後の魂の姿にゴロクは息を飲んだ。

 それはこの町に置いて自分と最も関りがあった人物……教会への献金の為にミスリルを独占するのを最期の最後まで抵抗した……息子の姿であった。


「ロイ……」


 ロイは泣いていた。

 誰よりも激しく、声は聞こえてこないのに懺悔と後悔を口にしているのが良く分かる。

 やがて既に昇ったと思われた他の魂たちがロイの再び姿を現して慰め始める。

 声は聞こえない……しかし“お前はよくやった”“お前の責任じゃない”と肩を抱き励ましている。

 その姿に……『精霊神』はより一層悲痛な表情を浮かべて頭を振った。


『皆の言う通り……貴方に責はありません。人を信じる行いは尊いもの……ましてや貴方の場合、実の父だったのです。最後まで信じようとした貴方が咎を担う必要がどこにありましょうか……』


 その時……いつの頃からか忘れていた何かがゴロクの心に突き刺さった。

 おやじぶんの為に謝罪する姿……子が親の為に謝罪する姿……。

 当事者であるはずの自分の事をどちらもが見向きもせずに責を負おうとする、負わせている光景に……自己満足な信仰に酔っていた心に、ようやく……遅すぎるほどに遅く、最早取り返しの付かない程遅く……羞恥心という感情が湧きたっていた。


 それは目撃した狂信者たちも同じで……最期の最後、哀れな魂たちを天へと送った後にも自分達には一瞥もくれずに消え去った『精霊神』に、さっきとは違った意味で膝をついていた。

 敬虔な信者を気取っていた自分たちが、精霊神に見てももらえなかったという事実。

 自分たちが『精霊神』に『見放された』という事実だけを目撃して……。

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