第五十八話 本物の異端者による断罪計画

「ただ……俺としては結果だけを突きつけるのは納得が行かないんだよな。ここまでの外道をした連中を破門って結果を上から突きつけたとしても“何故だ、自分達は精霊神の為にやったのに!”な~んて納得しね~で不満を垂れ流すだけだろ? 自分たちの過ちを認める事もしないで」


 俺がそう言うとシエルさんたちは眉を顰めて見せる。

 彼女たち異端審問官はそんな風に自身の波紋を不当だと言って罵る輩を何度も目撃して来たのだろうから、俺が言いたい事は良く分かるみたいだ。


「俺は奴らに心から後悔させたいんだよ……自分たちが敬虔な信者ではない、精霊神の教義に反しただけの只の背信者であったという自覚を植え付けた上でな……」

「言いたい事は良く分かります……ですがそう言った自己満足の正義に浸っている者たちにはどんな説法も無意味です。自分の意見に反する事は、喩え死の淵に至っても認める事はありません」

「似たような狂信者が破門の上極刑を下された時、私ら異端審問官に『私のような神の使徒を排する貴様らこそが真の異端、背信者だ! 地獄に堕ちろ!!』な~んて呪詛を吐くのを何度見た事か……」


 信念と言えば聞こえがいいけど、そうなると最早妄執……バカは死んでも治らないって事なんだろうけど……。

 俺は眉を顰める聖職者2人にあえてニヤリと悪い笑顔を見せた。


「自分の認めない他人の言葉であれば……だろうけど。自分の信じる、信じなくてはいけない者の行動であれば……どうかな?」

「……はい?」

「シエルさん、唐突ですけど光属性の魔法がほとんど使えるって言ってましたけど、光を操る事って可能なのかな?」


 俺が余りにも脈絡なく話が変わった事で、間の抜けた顔のままシエルさんはこっちを見ていた。


「それは……あらゆる回復治療、浄化を含めた光属性の魔法と言う事でしょうか? それなら昨日も申し上げた通り……」

「いやそうじゃなくて……光をただ明るくするって事だけでしか使う事が出来ないのかな~って事でね」

「???」


 今度こそ“何言ってんの?”という感じに首を傾げるシエルさん……。

 まあ確かにこれだけじゃ説明不足……俺だって神様にこの話を聞かされた時には全く意味が分からなかったからな。

 俺はまず最初に結果だけを口にする。


「色は光が作る現象の一つ……まずはそれを聞いて欲しい」


               

 それから俺は神様から教えて貰ったうろ覚えの知識を元にシエルさんにクセのある光属性魔法の中でも初歩の初歩、これだけは魔力の低い者でも使用者が多いと言われる明るくするだけの魔法『灯火』をあらゆる方法で実践してもらった。

 当初は半信半疑、俺の言葉の意味が分からなかったシエルさんだったが、次第にコツを掴みだしたのか光が“ただ明るくするだけ”の代物ではなくなっていく。

 彼女の操作で坑道内が『灼熱』にも『極寒』にも見えてしまう現象に全員が興奮を露にしていた。

 神様曰く光にも波があるらしく、その波を変えると目に見える光の色が変わるのだとか。

 目まぐるしく暗闇を赤く染め、逆に青くし……時には怪しげなグリーンにして見せるなどシエルさんは既に自在に操り始めている。


「これは何という事ですか!? 光属性魔法の中でも『灯火』は万人が使用する初級の魔法……暗闇を照らす以外にこのような可能性があったとは」

「世紀の発見でしょコレ!? 魔法の力は魔力の強弱だけだと思い込んでいたけど、こんなアプローチがあっただなんて……ギラルさん、貴方何者よ? こんなの知ってたなんて」

「感心してくれるのは良いけど、俺は聞きかじりをそのまま伝えただけで……それだけで実践して見せたシエルさんの方が応用力が凄いと思うが……」


 俺は素直な感想を述べるが、シエルさんは何でもないように笑う。


「ああ、コレは私の手柄では無いですよ? 光の精霊レイに“こんなの出来る?”って聞いたら“よゆ~よゆ~”って言ってくれましたので……」


 俺は思わずズッコケそうになる。

 何と言うか精霊と随分気楽に会話している感じだが、そんな反応をするって事はシエルさんと仲良しの光の精霊は俺に言われるまでも無く『光の波長』の事を知っていたという事になる。


「……出来るなら教えてくれても良さそうなもんなのに」


 思わず俺がそう零すとシエルさんは苦笑する。


「お気持ちは分かりますが、精霊とはそんな存在です。進んで手を差し伸べる事は無いのですよ。こちらから尋ね、近付き、寄り添い、尊重し……それでも答えてくれるとは限らない。私が『レイ』と対話出来た事すら偶然でしかないのですよ」

「……それこそ自然と同じって事っスか? 俺にはシエルさんの言う精霊は対話できる気がしないな……そこまで気長には考えられないし」


 幼少から今まで……盗賊として冒険者をやって来たせいか、どうしても思考が効率を求めてしまうからなぁ……。


「……でも『レイ』はギラルさんを嫌ってはいませんよ? むしろ好意的……いえ…………感謝しているように思えます」


 ……聖魔女として堕ちたエルシエルに最後まで寄り添った光の精霊に感謝される……か。

 俺は俺の目的の為に動いているだけだから、感謝されるいわれは無いんだけど……。


                 ・

                 ・

                 ・


「次は映し出す場所だよな……あの町中じゃそんなにでっかい場所は無さそうだし、やっぱり鉱山の岩肌とかを利用するべきか…………でもな~」


 俺は『光の操作』を特訓するシエルさんを小部屋に残したまま、一旦外へと出た。

 念の為に誰か来ないかの警戒もあったけど、暗いところで色々な光を見ていると目がチカチカしてしまうので……。

 しかし思いのほかシエルさん、いや光の精霊は優秀で……当初俺が考えていたよりも更に上の技術を発揮し始めていた。

 俺が神様に教えて貰った光の色に関する事は、預言書を映し出す『黒い板』がどういうモノなのかを聞いたのが発端だったのだが……光の精霊はそれすらも再現し出したのだ。

 ……ハッキリ言って、そうなると欲が出て来る。

 当初は色分けくらいで考えていた演出がよりリアルに再現できる事になり……それ故にダメージも深く、爽快感がありそうだと。


 そんな事を考えていると、俺の肩に小さな物体が乗っかって来た。

 まあ心当たりは一つしか無いのだが……。


『聖女たちへの講義は終わったのであるか?』

「滞りなく……むしろ知ってしまってからは俺よりも遥かに光を知り尽くしている精霊様が付いているんだぜ? もう教える知識はねぇな~」


 そう言いつつ肩に止まったドラスケの姿が俺は気になった。

 さっきは青黒かった全身が、今度は漆黒へと変貌している……骨の竜としてはより強そうには見えるけど……。


「……またお勤めして来たんか?」

『ああ……坑道内部に留まっていた邪気は全て回収した。コレでこの町に縛り付けられていた哀れな亡霊たちの楔は全て取り払った』


 楔から解き放つ……捕らわれていた亡霊は天に召されたという事らしい。

 邪気を集めるとか、字面だけなら悪者の親玉っぽいのにやっている事はほぼ聖人の所業……本当にアンデッドって何なんだろうな?

 言うに及ばず、生きている人間の方が悪行を行い『邪気』を生みだす要因を作っている。

 不意に俺はドラスケがさっき言っていた言葉が気になった。


「なあ……溜まった邪気はどうやって始末するんだ? さっき頃合いを見て解き放つとか言ってたけど」

『ん? ああ、少しずつ少しず~つ広い人気の無い場所で散らして行くのであるよ。一気に放つと纏まってしまい消えぬどころか新たな邪気を集めてしまうからな。少しずつ時間をかけて鎮めて行くしか無いのであるよ』


 邪気は感情の塊であるとドラスケは言っていた。

 怒りや悲しみは時間が解決するのを待つしかない……つまりはそう言う事なんだろう。


『邪気が消えるに必要なのは納得する事、しかし変質した邪気は意志を失い怒りと悲しみが赴くままに生者を害して更なる邪気を生んでしまう。結局は時間をかけるしか無いのである』

「自分を、大事な人を理不尽に奪った連中に復讐したいって気持ちは……分かるけどな」

『……その気持ち、分からんでも無いが同調するでないぞ?』


 さっきやらかしそうになった事も含めてドラスケは釘を刺して来た。

 ドラスケが言うには今自身が取り込んでいるのはトライメアの無念の塊……もう本人では無いにしても残された想いと言うのは中々消える事が出来ないんだろう。

 ただ俺はどうしても考えてしまう。

 少しでも無念を晴らせないか? 連中の『邪気』が納得できる事は無いだろうか?


 ……そう思った時、俺は凄く……故人に対して冒涜的かもしれない、怨念や邪気を有効利用する“ある事”を思い付いた。


「……なあドラスケ、お前が今取り込んでいる邪気ってあの黒い煙みたいなヤツだよな? アレって自在に形を変えたり出来たりするのか? 何だったら色を変えたり密度を変えたりとか…………」

『何を聞きたいのかは知らんが邪気自体は形の無い存在……言い方は悪いが死後時間が余り経っていないから恨みの念は消えておらんし各々の意志も未だ残っとる。それぞれの原型、顔形までハッキリするくらいには……だからある程度は我から指示も出せると思うが』

「顔形がハッキリと……それはまた好都合」


 俺が悪~い顔でニヤニヤしだしたからかドラスケは気味が悪そうに忠告してくる。


『お、おい、何度も言うが邪気に同調するでないぞ! 我も『邪気やつら』を操作出来るワケでは無いのだぞ!? 下手に利用しようなど……』

「分かってるよ……俺は提案するだけだ。これに関しては誰も手を汚す事は無い……ただ根拠のない信仰で自我を保つクソ共を指差して笑ってやろうぜってな……』


 聖女とアンデッドによる信者の断罪……こんな事を思いつく俺こそが最大の異端者何だろうな~と思いつつ、俺は漏れ出す笑いを堪える事は出来なかった。

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