第三話 持つと面倒の増える感情

空腹というのがどれだけ自分の行動に影響を与えるとかを、俺は今しみじみと実感している。

 まず自分が現在いる場所について、食糧を探す事と身を守る事だけに意識が行っていて周囲を全く見る余裕がなくなっていた。

 森の中と言っても全てが木々に囲まれているワケじゃ無い。

 丘だってあるし何とかして木に登れば高い所から見下ろす事だって出来る。

 俺は今まで自分の現在地すら碌に把握していなかった事にようやく気が付く事が出来たのだった。


 高い場所から見下ろす森は確かに広大……だけど何もないワケじゃない。

 しっかりと人が通る為の道も見えるし、かなり遠くではあるものの建物のような物まで見える……あれは街なんだろうか?

 嫉妬と殺意しか抱いてなかった時には気付く事も出来なかったけど、商人の親子が馬車を走らせていたのは普通に道だった。

 その道を辿れば街に到着できるかも……とか当たり前の事を本当に今更考え出している自分に呆れてしまう。


『あそこに行けばどうにかなるかも……』


 今まで一度も村を出た事が無かった俺は自分の村の場所すら碌に知らなかった。

 せいぜい近隣の野山を友人たちと駆け回る程度で……別の場所に違う町、村よりも大きな住処があると聞いても発想が湧かずにピンと来なかった。

 だけど……神様に色々な事を教わって、自分が今まで本当に何も知らなかった事がハッキリと分かる。

 そして同時に教わった数字や距離、時間の概念なんかで知らない事の方が遥かに多い事がハッキリと分かって行く。


 果たしてあの町はどんな場所なのか、そもそもここはどんな『国』なのか?

 一度だけ村で見た事のある魔法の概念とは何なのか?

 この森だけでは無くあらゆる場所に生息する魔物とはそもそも何なのか?

 歴史は? 敵国は? 学力は? 知らなかった事、知るべきである事が後から後から湧き上がってくる。

 そして同時にしっかりと空腹も……。

『神ノ国』では簡単な仕事をしただけで勉強だけじゃ無く一日三食も食わせてもらっていたのだが、今日からはしっかりと自分で確保するしかないのだから。


「もう前みたいに“他人が不幸になっても知らない”なんて状態にはなりたくもないからな…………ん?」


 水場や獲物など何かしら見えないかと丘の上から眼下をじっと眺めていると、不意に木々の隙間から何やら鈍い光が漏れているのを発見した。

 太陽の光に反射したそれは、水面の照り返しとは違って揺らめく事はなく一直線の光を放っている。


「金属……だよな?」


 俺はそう当たりを付けて、そう遠くはない森林へと降りて行った。

 そしてそこまで深くない場所で俺は見つける事になった。


「!? 誰かいる…………いや……」


 一人の男性が木にもたれ掛かって座っているのを。

 彼は手に剣を持っていて、それが太陽に反射して見えていたみたいだけど、その剣が二度と振るわれる事がないのはさすがに分かる。

 彼は既に事切れて冷たくなっていたから……。


「冒険者……ってヤツかな?」


 あまり重くならないように軽鎧を身に着けている身なりは村でも何度か見かけた事のある余所者……魔物を狩ったり傭兵をしたりと依頼に応じて体を張る連中と似ていた。


「…………」


 不思議な事に、本当に不思議な事に……俺は自然とその遺体に対して手を合わせていた。

 遺体を見たのはコレが初めてじゃない。

 何だったら村が襲撃され逃げ出した日には、知り合いが殺されて行くところすら散々見てしまったくらいだから。


 多分前までの俺だったら遺体を見かけて“ラッキー”としか思わなかったはずだ。

 嬉々として遺体から金品を奪い取り、身ぐるみはいで今日の糧が出来たとしか思わなかったハズなのだ。

 なのに今、そんな状況だと言うのに俺はその遺体を不用意に荒らす気には到底なれなかった。




 そして俺は……考えうる中でも最も頭の悪い行動をしていた。

 放置すると別の誰かが発見するかもしれない……だけどその発見者がこの遺体をどう扱うかは分からないし、その前に森の魔物が遺体を食い荒らす方が早いかもしれない。

 かと言ってこの場に埋葬するのが正しいのか? もしも探している知り合いや仲間がいるとしたら…………などと色々考えた結果……。


ズズズズズ…………ズズズズズズズズ………………

「クソ……重てえええ……」


 俺はその遺体を引きずりながら森から見えた道を町に向かって歩いていた。

 森の中で拾った丸太を簡易的なロープでまとめた粗末な木ソリに乗せて引っ張っているのだが……成人男性の遺体が軽いワケも無く、更に軽鎧と名前は付いていてもしっかりした装備は今の俺にとって重しにしかなっていない。


 後から考えれば賢い方法は色々あった。

 運搬するならせめて軽鎧とか剣とかを捨てれば良かったのに……そもそも冒険者の死を伝達したいのなら首の冒険者ギルドのドッグタグを持って行けばいいのに……そんな事はこの時の俺は考えていなかったのだ。


 何というか……神様に見せて貰った預言書の最後らへんがどうしても脳裏を過ってしまって……。

 亡くなった勇者の亡骸だけでもと元の世界に返還するあのシーンが……。


「この人にも……待っている……人が……いるかもしれない……しな…………ふぐぐ」


 それからもひたすらに遺体を引きずる孤独な作業……空腹を抱えて俺は何をしているんだろう? とか思いつつも一時間は歩いていた。

 一応道を歩いて運搬している俺にも少なからずの打算はあった。

 俺みたいな子供が遺体を運搬している異常な光景を通りがかった何者かが見かけたら、話しかけるなり運が良ければ手伝ってくれる大人もいるかもしれない……と。

 それ以上の厄介事の可能性を考えられなかったのだから、やはり頭が悪いと言われても否定できないけどな。


「お、おい!? あの鎧はもしかして!?」

「うそ……だろ……」


 そんな甘い考えを持っていたから俺だったから、背後から数人の大人の声が聞えた時は一瞬“助かった”とすら思ってしまった。

 振り返るとそこにいたのは数人の男女……帯剣している人とか杖を持った人とか、とにかく戦える格好、一目で冒険者だと分かる連中だった。

 そんな連中が……悲痛な目でこっちを見ていると思った矢先、一番体格の良い髭面のオッサンが血相を変えて突っ込んできた。


「マチェット!? テメェこのガキ!! マチェットに一体何しやがったあああ!!」

「……へ? ブゴァ!?」


 俺の意識は激怒したオッサンの顔がアップになった所で刈り取られた。

 痛みを感じる間もなく、オッサンの拳によって……。

 

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