page1 何も変わっていない
「え・・・ユウ、くん・・・?」
「お、お前・・・冬華か・・・?」
彼女、虎ノ尾冬華は俺から少し離れたところで口元を手で押さえながらたたずんでいた。
正直、驚きと嬉しさとさっきまでのモヤモヤが合わさった、何とも言えない感情が心の中で渦巻いていて、なんて続ければいいか分からなかった。
少し照れくさくて正面から彼女を見ることが出来ず、横目だけでちらちら見ていた。
すると冬華は
「あ、う、うん。そうだよ。って、もうフーちゃんって呼んでくれないんだ ね?」
そんなことを言ってきた。
「は、は?い、いやそんなの、いつの話してんだよ。もう、お互い子供じゃねぇんだから」
流れでそう返してしまったが、すぐに自分で言ったことのおかしさに気づいて苦笑した。
—もう、子どもじゃない。
一体、誰のことを言っているんだか。
「・・・あはは。そーだね。もう、子どもじゃないもんね」
冬華は目を大きくして驚いたような様子を見せた後、くすくすと笑ってそう言った。
「あ、いや—」
俺が訂正しようと「違うんだ」と続けようとしたが、冬華は「でも」と言って遮った。
「ユウくんは、変わってないなぁ」
穏やかな笑みをたたえながらそう言った。
やっぱお前から見ても、そう見えるのか。
俺は開き直って、自信満々に言ってみた。
「ああ、そうだよ!俺はどーせガキの頃から何も変わってませんよーだ!」
「え?背はおっきくなったと思うよ?」
「お、おう・・・。まぁ、そうなんだけどよ」
冬華が首をこてんと可愛らしく傾げて見せるものだから、調子を崩された。
ま、まぁ今は確かに身長175センチくらいあるぞ?
って、そんなことはどうでもいいっつーの。
「え?じゃあ、どういう意味なの?」
冬華が本気で不思議そうに聞いてくるものだから、正直に話すことにした。
「実はさ、ちょっと親に言われたことにイラっと来てさ。それでこうしてガキみたいに家を飛び出してきちゃったわけ。ほんと子供だよな。みかけばっかりでかくなって、中身は何も変わってない」
言ってて嫌な気持ちになる。いつの間にか顔は下を向いていた。
ざりざりと公園の砂を踏み鳴らしながら歩いてきて俺の隣に座る人の姿があった。他でもない冬華だった。
俺が隣を向くと
「ここで問題です!私が今、この街にいる理由は何でしょーか?」
冬華は悪戯好きな子供のような笑みとともにそんな問題を出題してきた。
え、何いきなり。
「え?あ、えーと・・・」
考えてみる。
・・・。
「あ、回答権は一回だけだよ?」
「マジですか・・・」
えー、ひどいよフーちゃん。思わずジト目で見返した。
髪、相変わらずきれいだな・・・。
まつげ長い・・・。
「何じーっと見てるの?制限時間あと10秒!」
「え、ちょ・・・」
え、俺ってばじっと見つめちゃってた感じ?
恥ずかしい。死にたい。
じゅー、きゅー、と冬華が隣でカウントダウンしている。
選択肢はありすぎて絞れなかったので、結局ありきたりな答えを口にしてみた。
「・・・ばあちゃんに、会いに来た」
今は冬休みだ。この時期ともなれば大いにあり得る。だがそんなありきたりな答えであるはずがないと確信していた。
俺の答えに冬華は
「・・・・・」
じーっと俺を見つめて無言だった。
え、ちょ、やめろって。千葉ロッテ。
俺が思わず目をそらしてしまうと、隣からくすくすと笑う声が聞こえてきた。
―昔もこいつの性格に振り回されてたなぁ。
ふと、少し昔のことを思い出した。
のだが。
「半分正解で、半分不正解です!」
「あー、そうなのね・・・うんうん。って、なんだそりゃ!」
危うく納得しかけたが、すぐさまツッコミを入れた。
そうしてお互いおかしくなってひとしきり笑いあった。
**
俺たちは公園の池の周りを歩いていた。冬華が「歩こう」と言ったのでそれに従うことにしたのだ。春になれば桜に囲まれるのだが、木々は葉を落としており、物寂しい。
「そっかぁ。そんな理由で今この公園にいるんだね」
「まぁ、そういうことだ」
「でもね。私も、実は似たような理由なんだよ」
「え・・・?」
言葉の意味を計りかねて隣を歩く彼女を見返したが、冬華は
「ごめん。今は、聞かないでくれるかな」
悲しさを含んだ笑みとともにそう言われたら、何も聞くことはできなかった。
その代わりに俺はこう言うことにした。
「いつかは・・・聞かせてくれ」
すると冬華は少し考えるような間を置いた後、軽く頷いてくれた。重苦しそうな雰囲気になりそうだったので話題を切り替えるように口を開いた。
「あ、そーいえばお前、半分正解って言ってただろ?ってことはやっぱり、ばあちゃんのうちに泊まるのか?」
「あ、うん。そう。って、何?もしかしなくても心配してくれてたりした?」
冬華は俺のすぐ隣、体が密着しそうな距離まで近づいてきてそんなことを言ってきた。
や、やめろって言ってんだろ。無駄に発育良くなってやがるんだから。
「い、いやバカじゃねぇの?お前が、もしうちに来るとか言い出したらどうしようとか思ってただけだっつーの」
つい向きになって反論してしまった。
「え?昔は~ユウくんの部屋で~あんなことや~そんなことを~」
「誤解を招く言い方はやめろォー!」
まったく。けしからん幼なじみだ。冬華は顔を背けながら肩を揺らしてくすくすと笑っていた。く、くそ。からかいやがって。
少しした後、冬華はまた口を開いた。
「たぶん、冬休み終わるまではこっちにいるから。おばさんに、会いに行きたいし」
冬休みが終わるまで、か。
なぜだか分からないが、俺の胸の内に嬉しさと寂しさがこみ上げてきた。
「・・・そうか。まぁ、適当なときに、うちに来てくれ。母さんは多分喜ぶから」
「あ、でも今、ユウくんとおばさん険悪ムードなんだっけ・・・」
「そりゃもう犬猿の仲ってどころじゃない」
「・・・・・やめといたほうがいい感じ?」
「いや、いい。母さんの言ってることは正論だから。それを素直に受け取れない俺にも責任があるし。すぐにとはいかないと思うが、まぁ少しずつ仲、戻してくよ」
それに、なんかお前に気、使われたくないんだよな。
そんなことは口に出しては言わないけれど。
「うん、わかった」と冬華は返してくれた。
「さすがにもうそろそろ帰るか。あんま遅いと補導されかねない」
時間はもうそろそろ夜の九時になりそうだった。仕方がないので帰るしかない。
「えー、もうちょっとユウくんとお話したかったなぁ」
「休み中ならいつでもできるから今すぐじゃなくてもいいだろ」
「じゃあ明日!明日、おばあちゃん家の前まで来て!小学校の先生に会いたいから」
まったく。仕方がない。ほんっとーに仕方がない。
「・・・わかった。何時に行けばいい?」
「八時!」
「もうちょっと寝かせてくれない?」
「ダメ!」
俺の反論に冬華は手でバツ印を作って否定してみせた。何それ、可愛い。
「はいはい。おーけー。八時な、八時」
「遅刻は厳禁だからね?」
「分かってるよ」
そんなやりとりを交わした後、俺たちは帰路についたのだった。多分、帰っても母さんとはあんま口きかないと思います。
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