俺は、私は、成長しない

蒼井青葉

プロローグ: 再会

「あんた、こんな成績でどうするつもりなの!」

「お兄ちゃんを見習いなさい!」

「もっと頑張りなさい!」

「どうしてあんたはそうなの!」


 もう、限界だった。学校のテストや模試の成績を見せるたびに言われる小言に嫌気がさして俺は「うっせぇ!ほっとけよ」と母親に吐き捨てて家を飛び出した。背中の方で「待ちなさい!どこへ行くの!」という声が聞こえた気がしたが、知るものか。


 俺が向かったのは幼いころ、よく遊びに行っていた公園だった。十二月の夜は肌寒く、街路樹の蝋梅の香りが鼻をついた。かなりの速さで俺が通り過ぎてゆくものだから道行く人たちは何事かと一瞬俺の方を振り向くがそんなものもどうでもいい。


 ただ。


 ―心のうちにたまってなくならないこのモヤモヤを振り払うために。


 公園まで走り続けた。


 **


 公園に着くと真っ先に自販機で飲み物を買った。家を飛び出してはきたが、さすがに手ぶらでというわけではないぞ?


 普段はほぼ確実に飲まないであろうコーンポタージュが、何となく飲んでみたくなって自販機のボタンを押し缶を取り出した。


 「あっつ」

 

 缶は意外と熱く、片手ずつお手玉のように持ち替えてしばらくしてからベンチに着き、プルトップを開けた。


 「ん、うまいな。これ」


 初めて飲んだ缶のコーンポタージュはほどよい甘さと触感が予想以上にうまかった。あと、程よい暖かさが身に沁みました。


 と、そんなくだらないことを思っていたら。


 「え・・・ユウ、くん・・・?」


 透き通った声で、俺の名前を誰かが呼んだ。


 驚いて顔を上げると、かつての姿とはだいぶ変わった、けれども面影がしっかりと残っている彼女の姿があった。


 そう。


 「お、お前・・・冬華ふゆかか・・・?」


 かつての幼なじみで、小学校卒業と同時に街を出てしまったはずの虎ノとらのお冬華ふゆかがそこにはいた。


 **


 私、虎ノ尾冬華は今、地下鉄に揺られながら真っ暗で何も見えない外を眺めていました。


 「はぁ」


 思わずため息がこぼれました。少し・・・いいえ。大分、お父さんと喧嘩をしてしまいました。それでこうして家を飛び出してきてしまったのです。


 行く当てはあるのかって?


 もちろんありますとも。小学校時代までを過ごした街におばあちゃんの家があるのです。おばあちゃん、久しぶりに会うなぁ。


 押しかけてごめんね・・・。


 夕方の電車は学校帰りの学生や仕事を早く上がってきた大人たちでいっぱいでした。二時間程度で最寄りの駅に着きました。階段を上がって外に出てみると、なんということでしょう。そこにはかつてとほとんど変わっていない街の光景がありました。


 「この空気、懐かしいなぁ・・・」


 私がかつて住んでいた街は一応は都会に分類されていますが、中心部に行かなければそれほど都会って感じもしません。まぁ、公共交通機関は整っているので不便はないですが・・・。


 バスターミナルでバスに乗りかえ、30分ほど経つと目的地に着いたので降りました。そこからおばあちゃんの家まで少し歩くのです。


 この辺りは昔、山だったみたいで坂が多くて少ししんどいなぁ。


 あ、そういえば。


 ―元気かな?


 ふと、彼のことが頭に浮かびました。けれどもそれはかつての姿。今はどうしているか分かりません。小学校の時に引っ越してしまったのでまだスマホも持っておらず、連絡先は分かりませんでした。


 と、そのとき。昔よく遊んでいた公園のあたりを通りかかりました。


 「よし!」


 ちょっと寄り道です。ここは広いグラウンドがあり、ランニングコースがあり、遊具もあり、池もあるというワクワクが止まらない公園です。


 昔ほどではないけど。それに、昔は・・・彼が一緒にいたからかもね。


 階段を上って時計台のあたりを通り過ぎ、ベンチの方を見た時、驚きと嬉しさが混じった感情がこみ上げてきました。


 なぜなら。


 「え・・・ユウ、くん・・・?」


 思わず声に出してしまいました。顔は少し俯きがちでしたがそれでもはっきり分かりました。


 私の、幼なじみで、昔よく遊んだ、とっても優しかった蒼田優助くんの姿がそこにはありました。

 


 

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