第8話 カフェオレ
コンクリートの建物のドアはひとつ。
長い廊下があって、両脇に10畳ひと間の部屋のドア。
一階と二階がある。
いくつあったか忘れたが、左に5つ右に5つもあったかもしれない。
アパートというか?
貸し間のようだった。
キッチン、トイレもついていた。
やよいちゃんは、お姉さんが結婚したので、一人暮らしすることになった。
はじめての一人暮らし。
やよいちゃんの好きな雑貨で、いっぱいのお部屋だった。
近くには大きな総合病院もあって、街のど真ん中。
南西に窓があった。
しかし、残念な景色だった。
ひとつしかない窓を開けると、隣の庭。
ドッグランになっていて、つねに、犬がみえた。
からだの大きな犬だった。
廊下は左右に部屋があるので、いつも暗い。
部屋に入るまでは、落ち着かない不陰気だった。
やよいちゃんは、小声で話した。
「それがね。隣りの人、深夜、2時くらいに帰ってきて、郵便受けから、やよい~ちゃん~って。」
あまりにも恐怖の出来事に、話している最中から、やよいちゃんは笑っていた。
「うそ!男の人?」
「うん。中年の人。やきいもの商売してるとか~?いまは、やすんでるとか。」
「たまに、飲み屋のお姉さんみたいな人も連れてくる」
「こわぁ。」
ふたりは、隣の部屋の壁をみた。
そんな怖い人が、玄関ドアのすぐ隣に住んでいた。
いつのまにか、名前まで知ってる。
しかも、外から部屋をみると、新聞紙で窓が覆われている。
いっそう不気味な住人だった。
やよいちゃんと私は、模様替えをしたばかりだという、サイドボードを背中にして、グリコのカフェオレを飲んだ。
わたしは、このとき、初めて飲んだ。
感想は「おいしかった」
でも、いまのはなしを聞いたので、深刻な眼でとなりの壁をみつめた。
今日は、はじめてここで泊まる。
グラタンを作ってくれた。
食器もグラスもかわいい。
どれもこれも、ポップでかわいいものばかりだった。
狭い部屋に、家具がびっちり。
ふたりは家具のスキマに入って、おしゃべりした。
ここは、街のど真ん中。
歩けばすぐに、電車道路があった。
夜の街を散歩、営業時間の終了したデパートのウィンドを眺める、イトヘイの窓をのぞく。小さなサンタクロースを見て笑う。
どこのお店にも入るわけなく、ネオンの明かりだけをみて満足した。
仕事は、あいかわらず、大変だった。
レジ打ちの仕事は、今と違ってバーコードではない。
1から12番の商品番号を打ってから、金額を入力した。
どの番号の商品か?
スーパー内の商品を、全部と言わないが、ある程度、仕分けできないとならない。
しかも、日曜日や特売日の商品は、前の日にチラシを渡され、暗記しなくてはならない。
ポップという紙が、取り換えられただけなので、私たちの記憶違えで、安くも高くもなった。とうぜん、ミスもある。
人間のすることなので、正確にはできない。
わたしたち10代の子は、普段から、スーパーマーケットには行かないから、
マヨネーズの値段が、どうだろうと、たいして、気にならないのだ。
とくに私は、暗記が苦手だった。
レジに入るくらいなら、特売の商品を補充していたかった。
やよいちゃんは、きちんとしていた。
字もきれいだった。
ミスのないように、仕事した。
先輩からの信頼も大きかった。
わたしは、お客さんに注意され、「ごめんなさい」と訂正ばかりだった。
そんな忙しい毎日の中でも、こうして、ささいな楽しみがあった。
ヒソヒソ話しながら笑った。
音楽もかけた。
小さな声で歌をうたった。
ここの貸し間は、便利な場所だったので、いろんな若い人が住んでいた。
田舎から出てきた子も多かったらしい。
いまは、取り壊されてなにもない。
出入りも多かった。
若い女の子、男の子、いろんな人が住んでいた。
ここにくると、函館が都会に見える。
憧れの街にでてきた子たちの、希望と夢がある気がした。
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