第3話 お日様のない世界


ここは、お日様のない世界だった。

まいにち蛍光灯という光の中で過ごす。

朝がきて、夜が来る。

二つの世界しかなかった。


あたりまえなのかもしれないけど、季節も感じない朝と夜の世界だった。


同じ時間にバスに乗り、鮮魚コーナーの小さな通用口から入る。

薄暗い店内を歩く。

お店がオープンすると、蛍光灯の光が眩しくて、また一日がはじまる。


レジの後ろには、大きな窓があって、そこからおむかえの木々が見える。

季節を感じるのは、窓から眺めるむかえのお屋敷の木々の色。

南東方面の窓は、夕方になると暗くなる。

お昼を過ぎると、お日様が入らない。

トイレットペーパーが積まれると、景色も見えなくなった。



蛍光灯の明かりが、より店内を照らす。



お金のためと、思いながらも、この生活がむなしく思えてきた。


たまに、高校時代の同級生が買い物に来る。

短大生になって、とても楽しそうだ。

袖の短い、あずきいろの制服にエプロンをつけて、ヨレヨレのジーパン姿の私は、とたんにむなしくなった。

ちょっと前まで、同じ世界にいた友が、遠くに行ってしまったのだ。


季節もわからず、自由になるのは朝と夜だけ。

2月末から、はじまったこの生活は、春が来たのも忘れさせていた。


雪が解け、春が来たような気もしていた。

でも、感じなかった。


一日が終わり、クタクタになり、家路へ急ぐ。

もう、ダメなんじゃないかな?なんて、バスに乗りながら考える。

バスの窓が曇り、しずくが垂れると、涙に見えた。


いつも帰りは、重い足取りだった。


そんな日、


青いさくらを見た。

真っ暗い帰り道、バスから降りて、家に帰る途中の保育園の庭で、さくらが咲いていた。

街灯の下で咲く、さくらは青い色に見えた。

急に泣きたくなった。


なんか辛くなった。

さくらを見上げて泣いた。


その時、はじめて泣いた。


新人のレジの女の子は、かならず決まりがあって、閉店30分前には、精肉コーナーのお肉の入った銀のトレーを洗う仕事があった。

お肉を冷凍庫へ保存する。

ショーケースで使用したトレーは、毎日、わたしと、やよいちゃんで洗った。

お肉の血が、たっぷりと、ついている。


精肉の担当者の男性たちは、いっさい、手伝いはしない。

運動部のいじめのような、歴代の決まりだった。


生臭い血の匂いと、血がついたトレーを、スポンジと洗剤で洗った。

次々と、100本ノックのように、洗い物が足元に積み重なる。

積み重なるときの音が、辛かった。


お日様のない世界のなか、生臭い血の匂いで、指先はボロボロになっていった。

エプロンに入っているメモ帳も、仕事が終わると、びっちょり濡れていた。



お日様のない世界で、見るものすべてが辛い。

もし、わたしが、精肉店の男性に、すこしでも愛嬌をふりまくことができたら、こんなにも辛く感じなかったはず。


若い私は、このシステムに、腹が立っていた。

人間関係は悪化していく一方。

あまりの理不尽な決まりに、仕事とはいえ、私の心は怒り狂っていた。


こんなことなら、正社員でなく、アルバイトで働けばよかったと、なんども後悔した。


お日様のない世界で、見るものすべてが、敵にみえた。







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