第4話 顔洗えよ! な事件


はあああ?いっぺん顔洗って出直して来い、と言いそうになった事件



 少し補足しておく話だが、3月末に各部部長と副部長や本部役員がほぼほぼ決定した後、PTA総会で承認されるまでの約1か月半くらい間は、部長と副部長だけで各部の仕事を進める。

 つまり、準備委員会として動きながら、広報誌作りを進める日々となる。


 簡単に言うと、部員が顔をそろえた時に、広報誌の編集ができるレールが必要ということになる。


 さかのぼれば大学時代から現在に至るまで、断続的に同人誌を作っていたオバ・ハーンは一通りの流れは知っている。オタクと言うなかれ。オタクだからこその気付きがあるというものだ。


 そういうわけで、一番必要な記事を集めるためには必要な各所に原稿依頼を出して原稿を集め、自分たちで取材して記事を書くということは一般的に容易に想像はつくわけだが、編集作業をするにあたっては、まずは紙面の構成(紙面割)を考えねばならないのだ。

 本来なら部員と一緒にそういうことをしたいのだが、実際はそれができないので、部長と副部長でざっくりとした紙面割をすることになる。

 つまり、どんな記事を組み入れて、何ページの記事にするのか。写真は何枚組み入れるのか。記事を作るには、各記事の締め切り日(依頼原稿の入稿日)はいつになるのか、編集作業分の締め切り日はいつになるのか、発行日から逆算して広報部の最終締め切りはいつになるのか、どんどん逆算して印刷会社に入稿する日も決めなければならない。仮原稿(版下)を入れて校正を入れることも。そういったタイムスケジュールを組むことの部長や副部長の仕事だし、そのレールを敷いておけば後が楽になる。


 そういった広報誌にかかわる、タイムスケジュールや雑務をできるだけ片づけておくことも必要なのだ。


 そしてお金の話も。

 ぶっちゃけて言うと、何ページの紙面を作るか、写真を何枚入れるのか、紙質をどんなものにするのかによって予算はいろいろ違ってくる。


 広報誌を作るにあたって、予算案はまだ通っていないので、前年度の予算から大まかな金額を割り出してゆく。

 ページいくら、写真一枚いくらの計算で概算しつつ、「ぶっちゃけ、これだけの予算内で広報誌年間2回発行するから1回の発行はこういうのんするん」という予算割である。


さて、前置きというか、基礎知識の解説がここまで。今日のオハナシはここからのお話である。



 広報誌の発行数は、在籍生徒数プラスアルファ分が基本で、プラスアルファ分はほぼ変動がないので生徒数の増減が発行部数に直結する。

 だが、生徒数は多少の誤差はあるものの、毎年ほぼほぼ一定なのだ。なのだが、なのだが、同人誌の経験があるオバ・ハーンからすると、予算編成されている金額が結構な金額で。


 それはそうだ、素朴な疑問だ。誰もがそう思う。きっとそう思う。


 去年事例の金額を見ても同じくらいの金額が書かれてある。

 いっぺん顔洗って来い、というような金額である。結構高額である。本当に高額だった。予想より高額。


 オバ・ハーンは若いころ、さかのぼれば大学時代、文学研究同好会なるもので同人誌を発行していた。だから、同人活動相手の印刷会社と渡り合ってきた経験から雑誌を作るには一体どれくらいの金額がかかるのか、大まかな予想はできたのだが。


「ぼっけぇたけぇなぁ」(とても高いわね・通常表現)

「でぇれぇたけぇなぁ」(とても高いわね・上級表現)

「もんげぇたけぇなぁ」(とても高いわね・最上級表現)


 思わず出そうになった両親のお国言葉の三段活用を飲み込んだ。


 いかんいかん、ここは山手線の内側だ。都心のど真ん中だ。オシャンティーな学校に似合わない言語は慎むべきだ。

 標準語でね、標準語。

 オバ・ハーンは念仏のように唱える。



 そんなことを踏まえつつ、本部から紹介された印刷業者と、ぜんぜん違うルートからの印刷業者とで見積もりを出した。


 このぜんぜん違うルート、というのはオバ・ハーンの夫であるオジ・サーンのルートで紹介してもらった、どちらかというと「デザインが得意な印刷会社」である。


まぁ、オバ・ハーンがあまりの印刷代の高さに自宅で愚痴ったのが運のつき。


 オジ・ハーンは荒れ狂って手がつけられなくなり、家では嵐が吹き荒れた。


曰く、

「顔洗って出直せって言って良いほどの高額請求」を、


「もうむかしっから出入りしている業者だから変更する気はないわよん」というお色気満々な本部の面々に対して


「鉄拳下せ、お前。出来なきゃ俺がやる」


 ということで、自宅の皿一枚、コップ一枚割れなかったのは奇跡の夜だったわ、というくらいの嵐だった。


 当然、話はそれで終わるわけではなく。オジ・サーンは過去に発行されていた我が家の広報誌を片手に会社に向かい、数日後には過去の広報誌と同等の紙質でこれだけの規模の印刷を掛けたらこんだけの見積もりになるよん、という見積もりまで用意してくれた。


いや、用意してくれたのは印刷会社のほうだが。


曰く、


「武器は用意した、戦え」


 無言のプレッシャーが背中を襲う。


 それを背負って、戦場と言う編集会議に向かう。


 当然、戦うのは本部の予算部隊だ。ウチの部員たちではない。ココ大事ね。





 まぁ、まずは部長と副部長にお伺いを立てないとね、と思ったんだけど。


 結論から言おう。雑談で予算の話をしていたら副会長の女ダースベーダーが現れてこう言った。


「予算は今まで通り。そして業者はいままでのながーーーーーい付き合いがあるので、無理も言えるし変更はしない。何か考えているかもしれないが、業者の変更はしない」(キッパリ)


 とはっきりそう言ったことからこの計画はとん挫した。

「顔洗って出直してこい、ってほどの高額発注するんですか!それこそ顔洗えよ! 正気かい?」

 と腹の奥底で思ったのは間違いない。


 だが、そうか、女ダースベーダーの攻略を間違えたのか。

 壁ドンして、

「考え直してくれませんか、お嬢さん」

 とか言えば攻略の余地はあったのかもしれない。

 いや、全く趣味じゃないのだが。

 女性相手に詰め寄りたくない。

 そういう趣味もないが、彼女はPTAの仕事上でもプライベートでも寄り付きたくないほどの性格の悪さだった。


 誰だ副会長に推挙したやつ!

「お前、顔洗えよ!」

 と思ったのは間違いない。



 今も武器はこっそり隠してある。どこだとは言わない。秘密の場所に隠してある。まぁ、もっとも、今の今までどうにもなかったんだから発見されていないのか、消されたかのどちらかだろうけど。


以上



(補足)後日談として。印刷会社が変わりました。何があったか、どういう過程だったかは不明です。もちろん金額も。

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