第32話 S&Bおろし生しょうが

 少しずつ家業へ深く足を突っ込むようになっていた学生時代、業務用スーパーに出かけては巨大なおろししょうがのボトルを見て度肝を抜かされたものです。

 果たしてこのような量を使う飲食店はどのようなところなのだろうかと思いつつ、三百グラムほどのボトルを買い求めていたのですが、それが広島にいた頃には我が家の冷蔵庫にも鎮座していました。

 自炊をしながら少しでも調理技能を鍛えようとしていた時期なのですが、重宝していた生姜であれば使い切れるだろうとの皮算用で買ってしまい、それなりに後悔した記憶があります。

 スプーンを突っ込んで豪快に鍋へと入れるというのは、初めのうちは気持ちがいいものですし、飲食店の厨房であれば量も適切なのですが、自宅であればついつい使いすぎてしまうという結果になってしまいます。

 それでも、賞味期限を少しだけ度返しして使い切った私は、それ以降一キロボトルを家に招き入れることはなくなりました。

 若気の至りというのは、どのようなことでも人生のスパイスになるものですね。


 私は唐辛子による辛さはあまり得意でないのですが、山椒やしょうが、山葵などの辛さは大好物でして、特にお酒をいただくようになってからは私の生活に欠かせないものとなっています。

 豚のしょうが焼きは言うまでもありませんが、煮物の臭みとりやから揚げの下味などにも大活躍してくれます。

 そうは言っても、六年ほど家で揚げ物をしておりませんでしたので、揚げ物の下味での活躍は長い間見送られていたのですが。

 また、夏場に一杯やる時などは青ねぎとしょうがを絹ごし豆腐に少し乗せ、醤油を垂らせばそれだけで十分な幸せを味わえます。

 あくまでもおろししょうがを単品でいただくようなことはないのですが、その見事な舞台演出にはいつも舌を巻いてしまいます。

 一人暮らしが長くなり、齢を重ねていくにつれて消費する頻度が増していっていますので、いずれは一キロボトルが再登板する日が来るかもしれません。


 一方で、四十グラムほどのミニチューブも冷蔵庫に転がっていることが多々あります。

 これは家の在庫を忘れて出かけ、念のために購入したものを使っているからなのですが、普段から大きなもので使い慣れていると意識が回らずに使い切るまでに相当の時間を要してしまいます。

 我が家では他にもおろしにんにくがお徳用ボトルで置いてあるのですが、こちらはミニチューブが冷蔵庫に並ぶことはありません。

 それだけ、私にとってしょうがは切っても切り離せない存在なのだと思います。

 付け加えますと、間もなく和芥子がミニチューブからお徳用チューブに昇格する予定です。

 山葵はそのままミニチューブのままなのですが。


 お徳用チューブをここ数年愛用している私ですが、以前はただそのまま入っているだけであったものが、間に袋を噛ませるような構造に変化しました。

 初めてこの構造を見たのは醤油の容器ではなかったかと思いますが、当初はこれを見て企業努力の力を痛感したものでした。

 とはいえ、そのような感情は一過性のものでして、今では当たり前のように購入し、当たり前のように使用しています。

 なお、ハウス食品さんの出す同様の商品は、そうした構造をとる代わりに逆立ちした状態で置くことのできるキャップを導入しています。

 おろしにんにくではそちらを使用しているのですが、これが冷蔵庫に並ぶと規格の統一が何を齎すのだろうかと考えずにはいられません。

 もちろん、普段はそのようなことをほとんど考えずに買い求めて、使用しているわけではありますが。


 今使用しているひとつ前のお徳用チューブは賞味期限を大きく過ぎてからの使用完了となりました。

 廃棄する前に見て驚いたのですが、思えば昨年はほとんどといっていいほど自炊をしていませんでした。

 表向きはコロナ禍で苦しむ飲食店を買い支えるために持ち帰りを多用したというのが理由だったのですが、その実を考えていきますと持ち帰りに慣れ過ぎてしまい、自炊する気力のようなものが枯れてしまっていたようです。

 そもそも私の仕事が終わるのは夜遅くであるため時期によっては持ち帰りを利用しようにも店が閉まっていることが多く、その時も自炊ではなくコンビニで済ませていたのですからその意思がなかったと言っていいでしょう。

 仕事へ行く途中に昼食をコンビニで買い求め、仕事が終わるとコンビニに立ち寄って夕食を買い求める。

 そのような生活が必ずしも悪いとは言い切れませんが、私の中では何か飢えたようなものがあったのも事実です。

 今年の春頃から自炊を少しずつ再開したのですが、三月に開けたお徳用チューブが間もなくその役目を終えようとしています。

 決して毎日のように料理をしているわけではありませんが、リハビリのように料理をしていきますと、少しずつ次への想いが沸き立ってきます。

 既に次弾もストックしてあるのですが、この子が無くなるのがどれほど早いのかと今から楽しみでなりません。

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