第31話 さよりなパラレル

 散歩をしているときや車で近くを回る時、ふと、目についた路地が気になることはないでしょうか。

 え、ない?

 うん、そうですよね、ない方もいらっしゃいますよね。

 いや、むしろない人の方が多いのでしょうか。

 だとするとマイナーな話ばかりをする私の作品の中でも、輪をかけてニッチなお話になってしまいます。

 うーん、うじゃうじゃ。


 まあ、もう書き始めてしまったのでそのまま続けていこうと思います。

 どうせ普段からそうしたことはあまり考えずに書いていますし、みりんや時刻表を題材にしている時点でもう手遅れです。

 初めはキリンビールでしたので、多くの人が知るものをテーマにしていたのにおかしいなあ。


 本作は竹本泉氏が少年誌で初めて出した単行本だそうで、少女漫画から出発した氏の経歴が次第に豪快に移り変わっていく岐路であったのではないかと思います。

 絵柄や時に挿入されるロマンスは確かに少女漫画家としての香りを漂わせていますが、そうではないと言われれば頷ける百面相のような作品です。

 そもそもが少女漫画や少年漫画とは何ぞや、と言われれば定見を持っている訳でもありませんのであまりあてにならない話なのでしょうが。

 いいんですよ、楽しめれば。

 でも、作者さんが気にされているようでしたので、触れておかないとなと思った次第です。


 さて、私の話も大胆に本線から外れてしまいましたが、本作では十五歳の女子高校生である岡島さよりが雷に打たれたのをきっかけに平行世界を転移して回るようになるというお話です。

 その先で何事もなくのんびりと過ごすこともあるのですが、漫画である以上はそこで何かしらの事件や出来事に巻き込まれていきます。

 多くの作品であれば、ここで人死にや壮絶な戦闘が行われてもおかしくはないのですが、本作、というよりも竹本氏の作品の多くに共通するのですが、そうした描写がなくどこか牧歌的に進んでいきます。

 情操教育として子供に読ませてもPTAから何も言われない作品と言っても過言ではないかもしれません。

 まあ、近親婚や穏やかな百合もありますので、ある意味での英才教育にも繋がりそうですが。


 あと、竹本氏は一部の界隈で「エロとグロのない吾妻ひでお」と称されることもあるようですが、個人的には本作にエロが皆無とは言えません。

 水着回があったりネグリジェの美少女を出したり主人公を脱がせたりと、字面だけを見るとそれなりに豊富な品ぞろえになるのですが、それすらもほっこりとした何かになっているのは少年誌連載だからなのでしょうか。

 いずれにしても雑多な思いに邪魔されることなく物語を楽しめるという点では非常にありがたいところです。


 それにしても、可能性の世界を自由に渡っていけるのであれば楽しそうなのですが、本作ではあくまでも体質ないしは能力として強制的に他の世界へと転移させられます。

 回が進んでいく中でその兆候となるものも設定されていくのですが、動くタイミングは分かってもどこへ行くかは分からないため主人公であれば不安で心が潰れてしまうのではないでしょうか。

 主人公は転移に備えて食料を蓄えるなどのたくましさを見せていますが、これは状況がそうさせたというよりも元々からそれなりの強さを持っていたためでしょう。

 導入の話ではありませんが、良く通っていた道を車で進んでいると、勝手にその進路が変えられて路地に迷い込んでしまうようなものでして、自分で意を決して飛び込んだ時でさえ心細くなるものなのですから。

 ふと自動運転の車が怖いなと思うようになったのですが、それも仕方がありません。


 大きな事件に巻き込まれることがある中で小さな心の揺れ動きが続く本作も、最終巻で五回にわたり続く「頭上の支配者」は明確に筆者のメッセージの込められた話となっています。

 転移の果てに自力で開発した平行世界移動技術を持つ中央世界の一つに辿り着いた主人公は、不法転移の取り調べの中で口にした「ばか」という言葉をきっかけに捕らえられてしまいます。

 その世界では怒りなどの感情を「悪癖」としていて、それを取り除くことが政府の義務であるとされていました。

 そこから逃げ出したり、再び捕まったりと進んでい行くうちにその悪癖の元になっている「汚染」の「浄化」の実態が明らかになっていくのですが、詳しくは実際の作品を読んでいただきたいと思っていますのでこの辺りで割愛させていただきます。

 ただ、この五話に流れるどことない薄気味悪さと、二つの言葉がひどく印象的で本作を忘れられないものとしています。


「悪癖も含めてわたしはわたし」

「悪意と同じに善意もまわりに影響を及ぼせるもの」


 平行世界は可能性の世界。

 それはまるで通い慣れた道にある路地から一つ入った先にある通りのようなもので、普段は目にすることのない近くて遠い場所。

 読後に「さよりなパラレル」という表題を口にすると、どこか背筋にひやりとしたものが走る、そんな柔らかで素敵な作品です。

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