第29話 ファミマのホットスナック
(ファミチキください……。)
このフレーズが頭に浮かぶと、気付けばファミリーマートにいるというのは染色体に刻まれた情報のせいなのかもしれません。
コンビニで梅干しを見ると唾液が出てきますが、ホットスナックに目を遣るより早く口の中が潤うのは緑のコンビニだけのように思います。
あ、これは訂正します。
ポプラのご飯の匂いでも胃と舌が暴れ出しますので、あまり信憑性はありません。
残念ながら熊本からはポプラが無くなってしまったので、今では唯一といっても過言ではありませんが。
いずれにしても、パブロフの犬のようにだらしのない姿を見せてしまうのは、私がそれだけファミマでホットスナックを食べ慣れてきたということでしょう。
改めて調べてみますと、ファミチキの発売は二〇〇六年で、私がちょうど大学に入学した時期に当たります。
さらに言い換えますと、アルバイトを始めたことで自分が自由に使えるお金の幅が大きくなった時期でもあります。
そこに当時の食欲を掛け合わせますと、ついつい一つ買ってしまうというのは自然な成り行きだったと言えるでしょう。
当時のアルバイト先の控室にはゴミ箱が置かれていたのですが、それが気付くと異臭を放っていたことがあります。
それをよくよく確かめてみると、その原因が残された鳥の骨ということが分かり、以来、骨付きのフライドチキンをそこでいただくのを差し控えるようになりました。
そうした事情も相俟って、学生時代の私が最も愛したファストフードの一つがファミチキとなっていきました。
その一方で、当時から一つ抜きんでた価格であったため、特別感が強い商品でもありました。
はっきりとした金額は覚えていないのですが、一五〇円ほどで一つ求めてはバス代と比較していたように思います。
それをポンポンと買っていたわけですから、青春の食欲というのは恐ろしいものです。
それとも、そうしたことを忘れさせるほどに充実した旨味と、たわわに口を満たす蠱惑的な脂の成せる業なのでしょうか。
いずれにしても、今なおついつい手を伸ばしてしまうのはそれだけの魅力を未だに持ち合わせているということの表れです。
こうしたホットスナックをいただくタイミングとしては、私の場合には大きく三つに分かれるのですが、その中でも大きな割合を占めるのが家の晩酌です。
学生時代には小腹に収めるものとしての方が割合が高かったように思いますが、年を取るにつれて酒に引き摺られるようになっていきました。
特に今の私は昼から夜にかけて勤めに出ているため、いつでも開いているコンビニの恩恵を受けているのですが、特にここ一年ほどはその頻度が増しているようです。
そのような時には心の赴くままに商品を求めていくのですが、酒を目前にして知性が失われていますので先述のファミチキに加えてスパイシーチキンとクリスピーチキンを重ね掛けすることがあります。
学生時代の自分の食欲に呆れている人を先程見たような気もしますが、それは木っと気のせいだったのでしょう。
それを家で広げてから思わず笑ってしまうのですが、酒を飲み進めていくのに合わせ、軽快なものから脂の波濤に至るまでの道のりはそうした笑いを爽やかなものへと変えていきます。
ただ、その前にハッシュポテトという序曲を交えられるとその気分の高まりは一層激しいものとなります。
惜しむらくは私の帰宅時間ではそうしたホットスナックが櫛の歯の抜けたように空いていることがあり、中々そうしたフルコースを味わうことができないということぐらいでしょうか。
それでも、先輩然として堂々と居座るスパイシーチキンに助けられることは多々あり、それだけでロング缶を空ければもう言うことはありません。
残る一つのホットスナックに頼る場面についてですが、それは一人で鈍行列車の旅に出て車窓で軽く一杯やる時です。
こうした時に地の名物をいただこうとするのは基本なのですが、その前座として小さい缶チューハイか缶麦酒と共に買い求め、行く先で何と出会い、何をいただこうかとあれこれ悩むのはたまりません。
そして、手ごろなものや駅弁を探し当てて本格的に飲もうとすると、温まった胃袋がそれを逞しく受け入れ、余裕の出た心でそれらを丁寧に味わうことができます。
その頃には麦酒や日本酒へ本格的に移っていることが多いのですが、それを受け入れるのにも程よい腹具合にもすることができます。
このような時に最も手軽であるのはコロッケでして、ソースも何も付けずにいただきながらその香辛料を愉しめば旅情が自然と高まってきます。
このご時世ですのでそうしたたびに出ることが叶わないというのは別の話で述べた通りなのですが、これを昼間に一つ買い求めて同じように一人身の部屋でやっていると遠くから揺れる音がしてくるように感じられます。
この手頃に味わえる一片の旅情は、ありがたいことにお値段も手頃となっています。
私には台風以上に切っても切り離せない関係だけに、嬉しい限りです。
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