第26話 燃えよペン
漫画家の仕事風景を想像しようとしたときに、やたらと修羅場の瞬間を想像してしまうのはその瞬間が最も華々しく、物語として盛り上がりを見せるからであると私は考えていました。
そう都合よく原稿を仕上げる佳境で体力や精神力を絞り出して奮闘し続けるなど常軌を逸した行いで、早々起こりえないと思ったわけです。
しかし、漫画の書き手としてではありませんが、物証執筆を再開させた今の私は度々こうした環境に身を置くこととなり、決して空想の産物ではなかったのだと思い知らされています。
そうした時に頭に浮かんでくるのが「燃えよペン」でして、創作に当たる人間の「常在戦場」ぶりを余すことなく書き上げた作品となっています。
本作はこれに続く「吼えよペン」や自伝的作品である「アオイホノオ」に先立つ形で発表されたものですが、単行本一冊という簡潔さからは想像もできないほどに濃密な作品となっています。
これは後書にて作者も触れているところですが、特に作品の序盤の主人公は飢えた一匹狼のような鋭さがあり、特に第一話の主人公の目はたまりません。
当時、実際にある編集者と上手くいっていなかったためにそうなったとの明言がありましたが、それは物書きとして共通するもののように思います。
怒りや不満といった感情はどうしても外に向けて放たれることを忌避されがちな感情ではありますが、同時に人間である以上そうした感情を持たずに過ごすことはできません。
そして、創作する人間にとってそれは創作意欲を掻き立てる起爆剤にすることができ、時に名作を生み出す源泉にも成り得ます。
その一方で、単純に怒りをぶつけただけであれば、それは殴り書きに過ぎないものとなってしまい、駄作に成り下がってしまいます。
本作はそうしたことから、筆者が上手く現実の感情を自己消化し、見事な作品に昇華させたお手本でもあるように思います。
いずれそのような作品を書ければ、というのはわがままが過ぎるのかもしれませんが、憧れるだけであればただですので存分に願いたいところです。
とはいえ、こうした激情を気が付けば他所で撒き散らしているのが現代でして、短く区切った文章で身内をはじめとした多くの方にその思いを広めることが容易に可能です。
それが積もりに積もって大きな悪意となる様を拱手傍観するのが最近では私の日常となっておりますが、それを見る度に私もまた一匹狼なのかという思いが高まり、こうして自分の文章に向き合うことができています。
昔はもう少し周りに合わせて怒りや喜びを表現することも多々あったように思いますが、最近では大きなうねりからは遠ざかり、深く潜航してしまうようになってしまいました。
その分、海底から顔を覗かせる時には鋭い牙を以って抗えるよう意識しているつもりではありますが。
さて、話を本作に戻しますと、数あるストーリーもさることながら巻末の熱血漫画テクニックが個人的には最も参考になる部分であると考えています。
無論、私は漫画を描くことも漫画の原作を書くこともありません。
また、心に熱いものを持ち、常にその激情を以って動く人間を主人公に据えることもあまりありません。
いずれそうした作品を上梓しようと考えてもいますが、執筆の順序としては下位にありますので当分先のことになりそうです。
しかし、時に文章を創るにあたっては激しい感情を御して乗りこなさなければならないことがあり、その際にはこの箇所が聖典となります。
特に、私にとって受け入れやすかったのは、炎尾先生(正しくは島本先生と言うべきなのでしょうが)が没入型で登場人物を動かされるところがあり、常に努力しながらもその一瞬に向けて自分と周囲とを物語の世界へと漬け込んでいく上で必要なものがまずしっかりと語られていました。
それと同時に、一度その没入した世界から間欠泉のように湧き上がるものがあれば形にしていく必要があるのですが、その中で必要なものがここでは大いに語られています。
それへの言及は存外に少ないように思うのですが、それは多くの漫画家や物書きが行動で周囲に見せているからではないでしょうか。
恐らく当たり前とされていることにまで言及する本作というのは、それだけで読む価値のある一作であると言えるでしょう。
ただ、本作を読んでいるうちに没入していれば熱く燃え上がるものを以って堂々と進めていくことができるのですが、ある瞬間に遠く離れた自分から見られているような気がして恥ずかしくなることがあります。
よくよく考えれば二十代も半ばを過ぎたいい大人が時に無茶苦茶なことをしでかし、それを三十路の男が見て楽しむ訳ですから傍から見ればどこか喜劇的なところがあるのでしょう。
それを本来であればどこかで振り返っては離れていくことで、私の目は年を取っていくのでしょうが、残念ながら私の目はそこまで達してはおりません。
先日、私の年齢を改めて確かめた上司からあんたも年を取ったねえと言われましたが、それは一つの象徴だったのでしょう。
だからこそ、今なおこうしてパソコンの前に向かい、文章を紡ぐ。
滑稽な情景の中で、私の両腕は燃え上がっているのです。
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