第24話 涼宮ハルヒの憂鬱

 ある、アニソンバーでのひと時です。

 当時はマスクだの密だのを口うるさく言われることもなく、私はシャンティ・ガフを傾けながら、紡がれる歌声に耳を傾けていました。

 その中で一人の男が「ハレ晴れユカイ」を歌い上げた時、

「お前、よくそんな懐メロ知ってたな」

「俺、昔のアニメが好きだからさ」

三十路をとうに迎えていた私は、ただ茫然と馴染みの女の子にお代わりを作ってもらうのが精一杯でした。


 私は元々本作を非常に好んでいたわけではありません。

 有名な作品ではありましたので、一読したこともあればアニメを見たこともあり、時には二次創作としての「映像作品」や「劇画作品」を見たこともありました。

 ここでその作品について話してもいいのですが、そうなると否が応にもセルフレイティングを引き上げる必要が出て参りますので、ここでは差し控えます。

 万一、その作品のレビューを始めた際には色々と察してくださいませ。


 話が逸れてしまいましたが、本作は高校時代に文芸部員として一度読んでからは文章として長らく離れていました。

 それは単純に文芸創作をするのであれば、純文学や大衆文芸を教科書にするべきであるという凝り固まった私の意識に依ります。

 人気作であるために読んだものの、どこかで引っかかるものがあってすらすらと読み進めるということができず、学生となってアニメを見てからはそちらばかりを見ていました。

 実際には、何度か図書館で手に取りはしたのですが、途中で他の本に移ることの繰り返し。

 就職してからはそのような機会も無くなり、いつしか記憶にはあるものの遠い存在となっていくのを感じていました。


 しかし、それが一変したのは一昨年の夏でして、京都アニメーション放火殺人事件を受けて頭に浮かぶ確たる作品の一つとしてでした。

 そして、一人のアニメファンとして、また、一人の作家として弾丸旅行でその跡地を炎天下に訪ね、私の頭を本作が支配することとなりました。


「アル晴レタ日の事

 魔法以上のユカイが

 限りなく降り注ぐ

 不可能じゃないわ


 明日また会うとき

 笑いながらハミング

 嬉しさを集めよう

 カンタンなんだよ こ・ん・な・の」


 日常の 笑顔の先の 晴れ間より 魔法の如き パライソや来る


 主題歌の歌詞の一部とこの旅を受けて上梓した随筆の一節なのですが、私達は容易にありふれた日常の外に放り出されてしまうこと、それでも、意思によって逆にその日常を豊かなものに変えられるということを手を合わせながら静かに考えさせられたように思います。


 さて、このようにして接点を取り戻した本作を、いよいよ読み返したのは今年に入ってからでした。

 もう一度小説の勉強をし直そうとした際に改めて読む必要があると痛感し、探し求めたのですがよく行く大きな本屋にはなく、仕事場近くの本屋で見つけて迷わず買い求めました。

 そこで読み始めたのですが、これが十数年前と同じように中々進みません。

 読書自体は当時よりも慣れていますので、そこに僅かな違和感があります。

 何か理由があるのではないか、そう考えたのはこの時が初めてではなかったでしょうか。

 ここからその原因を探るために読み込んでいったのですが、読み進めていくうちに私の読む速さも上がっていきます。

 やがて引き込まれて読了し、もう一度と思って読み返してみると再び速度は低下。

 何か見えない壁のようなものに覆われるような感じを覚え、それを足掻きながら読み進めるとまた速度が上がっていく。

 それが答えだったのか、と築いたときに私は思わず旧友の悪戯に気付いたのような気持ちにさせられました。


 ここで当時の私を思い返してみますと、人生で最も自信を持ち、最も未来へ向かって前進をすることのできた時期であったように思います。

 中学時代までの狭い活動範囲、活動時間から解放されて市内だけではなく青森や関東など未知の世界を愉しんでいました。

 また、人付き合いも今にして思えば良好で、文章も全くのゼロから始めたために日々進歩しか感じられない。

 今までも、そしてこれからもそうした日々が続くと信じて疑わない。

 このような中にあって、本作を読み進めた私が引っかかったのはある意味では必然であったのかもしれません。


 それに対して、今の私はカクヨムコンで上梓したエッセイにある通りの姿になっており、繰り返される凪と荒波に揉まれながらの人生を過ごしています。

 その分、目新しいことが次第に失われてしまい、目の前に何か弾力のある分厚い壁があるように感じ、それを掻き分けて進むことに抵抗を感じることが無くなりました。

 生きていく上ではほんの小さなことなのかもしれませんが、その差が今と高校時代の私とを隔てるものなのかもしれません。


 ただ、当時のように無邪気に自分の信じたものを追って動くことはできなくなってしまいましたが、自分らしく何かを追いかけていくという意思を捨てたわけではありません。

 できることが少ないからこそ、自分らしさを追い求めて時に戸惑いながらも駆けて行く。

 果たしてその先に何があるのかは分かりませんが、少なくとも今ある自分の奥底に沸き立つものがあることだけは確かですので、時に本作を読みながら進んでいければと我儘にも思う次第です。

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