第22話 タリーズ・ブラック

 私が珈琲を飲むようになったのは、カフェオレやコーヒー牛乳を除けば高校生の頃ではなかったかと思います。

 それまではミルクティーやレモンティーを愛飲していまして、そこから少しずつ慣れていったのですが、それでも初めはクリームたっぷりのウィンナーコーヒーなどが中心でした。

 やがて大学生になると、まずは喫茶店の、次いでインスタントのブラックコーヒーが飲めるようになりまして、砂糖とミルクから遠のくようになりました。

 ただ、缶コーヒーについては長年これというものが見つからず、こればかりは微糖でないと飲めないというのが私の中に刷り込まれていました。

 それを革命したのがこのタリーズ・ブラックでして、今ではこの一本無くして生活が成り立たないと思うほどのものになりました。

 恐らく、私とエンカウントして倒すと高確率でドロップします。

 事実、私の仕事場の机上にあった未開封の一本が百五十円と共に煙に消えたという出来事もあったほどです。

 今の仕事において最大の精神安定剤であることは疑うべくもありません。


 しかし、その一方で今回の題材はブラックに限定しておりまして、微糖や無糖カフェオレはあまり強い印象を持っていないというのも事実です。

 時々、季節商品として見ることもあるのですが、買おうとして気付けば黒い缶に手が伸びているというのがいつもの光景です。

 何度か会社の差し入れで頂いた記憶はあるのですが、それでも手が伸びるのは黒い缶の方。

 何か黒魔術でも受けたのかという選び方をするのですが、私にとってはむしろ白魔術を受けるために黒を選び続けるという矛盾したことをしています。

 いや、もしかしたら少し黒いものの方が今の私には合っているのかもしれないという囁きはあまりにもお遊びが過ぎるのかもしれません。


 この缶コーヒーと再会したタイミングも私には丁度よかったのかもしれません。

 私は転職を経験しておりまして、前職では山陽地方の西側を車で行き来することが多く、その頃はコンビニ珈琲が出始めた時期であったということもあって、それを愛飲しておりました。

 その頃はどこでも持ち運べるボトルコーヒーを選択する必要性も低く、車内で気軽に飲める紙カップで事が足りました。

 それが転職に伴って室内での業務が殆どとなり、買ってから長い時間をかけて合間に飲むことが多くなり、必然的にボトル缶が最適解になりました。

 蓋を開けてからも長いことその味を保つことができ、持ち運びが容易というのは室内で動き回る仕事には最も嬉しいところです。

 とはいえ、同じような珈琲がこれに代わることができるかといわれれば難しく、様々なクラフト珈琲が出される中で売り切れになっていた場合にはブラックコーヒーを諦めるほどには唯一無二の存在です。

 カフェインの摂取という観点から見れば変わりはないのかもしれませんが、あくまでも「喫する」とい言葉に従うのであれば、これもまた致し方なしかと思っています。


 タリーズの缶コーヒーといえば時にポイントを集めて応募する企画が行われますが、その度に職場の先輩と一緒になってシールを集めるのが恒例となっていました。

 その先輩も同じ缶コーヒーを愛飲する一人で、一日に二本ほど空けてしまうヘビーユーザーの一人です。

 ただ、このシール集め自体はあくまでも戯れに近いものでして、実際に応募するかどうかよりもそのシールが重なっていくのを笑いながら眺める方が楽しいものです。

 そのため、取り忘れることもありますし、期間が過ぎてしまったシールが複数発生することもあります。

 血眼になって応募する人からすれば怒られてしまいそうな在り方が、しかし、どれほど仕事が忙しい中でも続けられました。

 今春、その先輩とは異動で離れることになりましたので、恐らくこのシール集めもまた流れることになるのでしょう。

 七十枚近く連なったシールを眺めるというのは中々に壮観だったのですが。


 最近では車に乗る際もこの一本が相棒になることが多く、これを二、三本買い込んでから思うままに動き回ることが多くなりました。

 決してコンビニ珈琲が嫌いになったという訳ではなく、こうしたドライブの際には商店のない道を走り続けることもあり、そうした際に買い求めることができないこともあるため保存のきくものを積むようにしています。

 その中で飲み切ることができなければ翌日に回してよいというのもまた利点です。

 ただ、一つ難があるとすればスーパーなどを訪ねてみてもコンビニと同じような値しかついておらず、なかなかに買い溜めをする気になれないというものがありました。

 そのためコンビニで買うことが多かったのですが、最近になって職場近くのディスカウントストアで安く売られているのを見つけることができました。

 そこで喜び勇んで買い求めたのですが、そこに一抹の虚しさを感じる自分の姿が在りました。

 味も姿も変わらぬその一本を、しかし、一人で開ける私の姿というのは酷くつまらないものに成り下がってしまいました。

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